| 五摂家 |
記(エピソード等) |
| 近衞家 |
五摂家筆頭で皇室に次ぐ名門
★藤原良房に始まる摂関は幕末までの一千年の間、藤原北家の独占であったが、
例外として、16世紀の終わりの10年ほどの間を豊臣秀吉と甥の秀次が関白をしめた。
しかし、それは、前関白・近衞前久(さきひさ)の養子になることにより成立していた。
さすがの秀吉も近衞姓を名乗るのは気後れしたのか、学識経験者に諮って
「豊臣」姓を選び朝廷に奏聞して勅許を得て豊臣を名乗る。
★17代近衞前久の娘前子が後陽成天皇の女御として皇室に入り皇子・信尋(のぶひろ)を
もうける。江戸時代初め、この皇子が18代近衞信尹(のぶただ)の養子となり、
後を継ぎ、その流れが連綿と続く。(信尋は後陽成天皇の第四皇子)
天皇家と近衞家は、表裏一体の関係。 |
| 九條家 |
公爵九條道孝の四女節子(さだこ)は大正天皇皇后(貞明皇后)、昭和天皇生母。
姉の三女籌子(かずこ)は元西本願寺門主・大谷光瑞夫人。etc. |
| 二條家 |
公爵二條弼基の夫人は昭和天皇皇后(香淳皇后)のいとこ(久邇宮家) |
| 一條家 |
幕末の当主・一條忠香の三女美子(はるこ)は明治天皇皇后(昭憲皇太后) |
| 鷹司家 |
先代当主・鷹司平通(としみち)の夫人は昭和天皇第三皇女和子 |