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家系図やリンク等を交えて
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系図でみる近現代 第12回

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第12回 犬養毅「話せばわかる」は、なかった!?
      そして、系譜には現在、国際舞台で活躍する緒方貞子(03.1.27記)


前回の続きです。
正田家に連なる大原家からはさらに犬養家が連なっています。
あの「5・15事件」の犬養毅首相の系譜です。

見覚えのある名前が・・・




●大原・野津家
野津道貫(のづみちつら) 薩摩藩出身、明治期の陸軍軍人/西南・日清・日露戦争に功/侯爵
野津鎮之助 侯爵/次女・真佐子は大原総一郎の妻
上原勇作 明治〜昭和前期の軍人、陸軍大将・元帥/妻は野津道貫の娘/子爵
日清・日露戦争に参加ののち、大正元年第二次西園寺内閣の陸相。二個師団増設問題で
西園寺と対立、単独辞職して倒閣、大正政変のきっかけをつくった。
その後、教育総監・参謀総長などを歴任し、’21年元帥。
陸軍内では、長州閥に対抗し、皇道派につながる勢力を育てた。
◆「上原勇作関係文書
大原謙一郎 大原美術館理事長、倉敷商工会議所会頭、クラレ副社長・中国銀行副頭取
「倉敷からはこう見える 世界と文化と地方について」
大原れいこ(麗子) 総一郎の長女/テレビマンユニオン(TV・ラジオ番組の企画・制作会社)取締役/
夫・犬養康彦との間に一男有り。
(※女優の大原麗子とは別人)
●犬養家 etc.
犬養毅(つよし) 首相/号は木堂/第一次護憲運動では尾崎行雄と並び「憲政の神様」と称され、
第二次護憲運動でも革新倶楽部を率いて活躍。
25年普通選挙法通過後、同倶楽部を立憲政友会と合同させて政界を一度引退。
29年政友会第6代総裁、31年末首相就任、金輸出再禁止実施。
満州事変の処理をはかり軍部の台頭を抑えようとするも、
翌年(S7年)暗殺さる(5・15事件)
辛亥革命を支援したアジア主義者でもあった。
(孫文をかくまい、蒋介石・汪兆銘は居候)
著書・関連本
「犬養毅と青年将校 昭和の宰相1」(戸川猪佐武/著)
犬養健(たける) 犬養毅の息子/白樺派作家から政治家に転身(S5年)/
日中戦争開始後、汪兆銘政権工作などを推進。ゾルゲ事件で起訴されるも無罪。
戦後第4・5次吉田茂内閣で法相。54年造船疑獄で指揮権発動、政治生命を失う。
「揚子江はいまも流れている」
「党人の群れ」(戸川猪佐武/著)
犬養道子 作家・評論家、元NHKニュース解説者/大正10年生まれ/
5.15事件当日は、伯父(芳沢外相)の外相官邸に行っていた。
「花々と星々と」、その続編 「ある歴史の娘」
著書・関連本
犬養康彦 共同通信社顧問・社長/犬養道子の7つ違いの弟/
大原総一郎の長女・れいこと再婚/
4歳の時、5.15事件に遭遇。
「血族が語る昭和巨人伝」
犬養智子 評論家(女性・高齢者・都市問題等)・作家/旧姓・波多野智子/
S43年の「家事秘訣集」は“ジャガイモは洗濯機で洗え”など家事サボタージュ論を
説いてベストセラー。評論の他、イラスト・童話・小説・推理小説・翻訳も手がける。
犬養康彦と大恋愛の末、学生結婚して、一男一女(犬養亜美:エッセイスト)を
もうけるが、S53年離婚。
著書・関連本
安藤和津(かづ) エッセイスト、元「CNNデイウォッチ」キャスター/
当時売れない俳優・奥田との結婚披露宴の仲人は海部元首相(首相就任以前)
「愛すること愛されること」
著書・関連本
奥田瑛二 俳優、画家、映画監督も/父は元愛知県春日井市議会議員/
長女は映画監督・安藤モモ子(桃子)、次女は女優・安藤サクラ
著書・関連本


「5・15事件」といえば、「話せばわかる」「問答無用」というのが
当時、事件を象徴する流行語になったとの事ですが
犬養毅の孫娘で作家の犬養道子さんが、自身の幼少女期を描いた自伝的小説
「花々と星々と」(5・15事件までを描く)のあとがきで、こう断言されています。

「巷間には、さまざまに伝えられる祖父 遭難時の言葉は、ここに記したものだけが
正確であり(母の証言・テル[女中]の証言より)、彼はそれ以外言わなかったのである。」
と。

それを簡単に記してみると


海軍と陸軍の青年将校ら5人が首相官邸に突入してきて
夕食前の食堂に向かっていた祖父と母と弟(康彦氏:4歳)に廊下で遭遇し、
やにわに一人が祖父に向かって引金をひいたが弾丸は出なかった。

「まあ、せくな」
ゆっくりと、祖父は議会の野次を押える時と同じしぐさで手を振った。

「撃つのはいつでも撃てる。あっちへ行って話を聞こう・・・・ついて来い」

そして、日本間に誘導して、床の間を背に中央の卓を前に座り、
煙草盆をひきよせると一本を手に取り、
ぐるりと拳銃を擬して立つ若者にもすすめてから、
「まあ、靴でも脱げや、話を聞こう・・・・・」

その時、前の5人よりはるかに殺気立った後続4人が走りこんできて
「問答無用、撃て!」の大声。次々と9つの銃声。
そして走り去る。

母が日本間に駆け入ると、こめかみと顎にまともに弾丸を受けて血汐の中で祖父は
卓に両手を突っ張り、しゃんと座っていた。指は煙草を落していなかった。

母に続いて駆け入ったテルのおろおろすがりつく手を払うと、
「呼んで来い、いまの若いモン、話して聞かせることがある」


午後6時40分に医師団の最初の発表があり、こめかみと顎から入った弾丸三発。
背にも四発目がこすって通った傷があるが、「傷は急所をはずれている。生命は取りとめる」

父・健が大きく笑って言いに来た。
「お祖父ちゃん、冗談いってさ、いつもとおんなじだよ。
9つのうち3つしか当たらんようじゃ兵隊の訓練はダメだなんて言ってるよ」と。

しかし、結局、午後11時26分に祖父の顔に白布がかけられた。



77歳でした。一度は政界を引退したものの軍閥が台頭する大きな流れの中での
元々、命を賭して覚悟の上での、政友会総裁そして内閣総理大臣就任でした。

(この件に関しては、改めて次頁へ)



下には、もう一つ犬養家を中心とした系図を書いています。
そこには現在、国際舞台で活躍するあの女性が



●犬養・緒方家 etc.
芳沢謙吉(けんきち) 外交官・外相(犬養内閣)/妻は犬養毅の長女・操(健の異母姉)/
25年駐華公使時、芳沢・カラハン会談によりロシア革命後のソ連と国交正常化
戦後、初代駐中華民国(台湾)大使
「外交六十年」
中村豊一(とよいち) 外交官、フィンランド特命全権公使(S18.4)/芳沢謙吉の女婿、長女は緒方貞子
緒方竹虎(たけとら) 新聞人・政治家/大阪朝日新聞社に入り言論界で活躍した後、44年政界入り。
戦後、東久邇宮内閣の国務相兼内閣書記官長として「一億総懺悔論」を展開
52年第4次吉田内閣の国務相兼内閣官房長官
54年自由党総裁となって保守合同を果たし次期首相と目されたが急逝。
著書・関連本
緒方四十郎 元日銀理事・日本開発銀行副総裁/緒方竹虎の三男、妻は緒方貞子
著書
「遥かなる昭和―父・緒方竹虎と私」
緒方貞子 曽祖父・犬養毅、祖父・芳沢謙吉、父・中村豊一/
H3.1〜12.12国連難民高等弁務官、H13.11日本政府アフガニスタン支援特別代表
著書・関連本
斎藤博 外交官/犬養健夫人の姉婿/
33年駐米大使となり満州事変後の日米関係改善に努力
日中戦争中のパネー号事件(*)解決への英断など、多くの功績を残して死去。
ルーズベルト大統領は彼の死を悼み最新鋭巡洋艦アストリア号で遺骨を礼葬、
外務省葬。
●長与家 etc.
長与専斎 元内務省衛生局長・中央衛生会長/
緒方洪庵の適塾に学び福沢諭吉のあとの塾頭
「衛生」という日本語を創造し、その思想と行政を初めて日本に確立
関連本
長与称吉 医師、元大日本私立衛生会会頭/専斎の長男、犬養健の妻・仲子の父/
専斎の功により男爵/
7年間のドイツ留学ののち、ドクトル・メディツィーネの学位を得て
明治29年に帰国後、日本橋、さらに麹町に胃腸病院を開設、
31年に胃腸病研究会を創設し会長となった。
長与又郎(またお) 病理学者、元東大総長/専斎の三男、結婚式の媒酌人は北里柴三郎/男爵
関連本
岩永裕吉(ゆうきち) 同盟通信社初代社長/専斎の四男、母の弟・日本郵船会社専務岩永省一の養子/
同盟通信社は戦後、共同通信社と時事通信社に分かれる。
長与善郎(よしろう) 白樺派作家・劇作家/専斎の五男
自伝的小説「盲目の川」、戯曲「項羽と劉邦」などの躍動感みなぎる長編で
作家的地位を確立。理想主義・人道主義の論客として活躍。
その他、「青銅の基督」「竹沢先生といふ人」で好評を博す。
晩年は、長与一族と白樺の仲間を描いた力作「わが心の遍歴」を発表、
読売文学賞を受賞した。
著書・関連本
後藤象二郎 元逓信相・農商相/土佐藩出身/伯爵
関連本
岩崎弥之助 三菱財閥第2代当主、第4代日銀総裁(1896.11〜1898.10)/岩崎弥太郎の弟/男爵
関連本
岩崎弥太郎 三菱財閥創始者/長男・久弥に男爵
関連本
松方正義 元首相/公爵、元老
「松方正義―我に奇策あるに非ず、唯正直あるのみ」(室山義正/著)
松方巌 元十五銀行頭取
松方正熊 元帝国製糖社長
エドウィン・ライシャワー 元駐日大使(S36〜41)/妻は松方正義の孫娘(ハル・ライシャワー)
著書・関連本
◆ハル・ライシャワー(妻)著「絹と武士」
「ハル・ライシャワー」(上坂冬子/著)

*パネー号事件:S12年12月12日、米国旗を明らかに掲げて中国の南京上流6マイル地点(視界良好)に、
碇泊中の米砲艦パネー号を日本海軍航空隊が爆撃沈没させた大事件で日米関係は極度に緊張。
(パネー号は日本軍の南京攻略前後、南京在の米人保護のためそこにいた)
斎藤博駐米大使は、独断ですぐさま米ラジオのスポンサー付き番組を買い取り、自分で出演して
広く米国民に直接呼びかける真情あふれる真っ正直な謝罪をした。




なお、「血族が語る昭和巨人伝」(文藝春秋編)においては、
「犬養毅」には「いぬかいつよき」とルビが振ってあります。

そこでは、孫の犬養康彦氏が家に残る祖父自身が
50代後半に書いたとみられる自筆の履歴書を紹介されていますが、
姓名(読方付)の欄は「イヌカヒ ツヨキ」となっているとの事です。









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