近現代・系図ワールド
系図でみる近現代~夢・感動・人間!~

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系図でみる近現代 第14回

近現代人物のエピソード、系譜・閨閥など、系図を交えて紹介。

酒井美意子 家系図 (※転載禁止)

第14回 マナー及び皇室評論家・酒井美意子の実家[前田家]と婚家[酒井家](03.3.4記)

昨年(’02年)のNHKの大河ドラマはご存知の通り、「利家とまつ」
言わずと知れた加賀百万石の大大名となる前田家を中心に描いたものでした。


そして、時代を現代に移して、加賀前田家出身で有名だった方と言えば、
マナー評論家・皇室評論家としてならし、マスコミにもよく登場された酒井美意子(みいこ)さん。

’99年に73歳で亡くなられましたが、多数の著書もあり、
また、きもののハクビ総合学院・百合姿きもの学院学長などもつとめられました。


大正15年生まれの彼女はまさに、昭和の時代とともに歩み、
加賀前田家16代当主前田利為侯爵の長女、
すなわち前田家のお姫様(おひいさま)として厳格に育ち、 日本の近代におけるいわゆる上流階級、“華族”の一員でした。


その華族社会の主として戦前・戦中を描き、昭和時代に上梓された著書が
ある華族の昭和史(一部人物に仮名やフィクションを含む)。
そして、平成に入り、その当時書けなかった事実や戦後、財産税が課せられ、
華族制度が廃止になり、「没落貴族」や「斜陽階級」と言われた
戦後の元華族たちの事実を描いた作品が元華族たちの戦後史

この二つの作品で、戦前・戦中・戦後の華族社会の一端を垣間見ることが出来ます。


公侯伯子男(こうこうはくしだん)の爵位を持つ華族は大きく分けて三つに分類されますが、
文字通りの“大名華族”、“公卿華族”、そして、新たに加えられた 明治維新の功労者や国家に勲功のあった政治家・官僚・軍人・財閥などの“新華族“。

面白いもので平安朝以来不仲であった大名と公卿たちは、たちまち手を組んで
主に薩長の下級武士上がりの新華族を当初、“成り上がり者”として扱い、見下した。
「あちらさんは新華族さんですから、当家とは全くお付き合いがありません。」と。


結婚は華族同士が不文律であり、排他的閉鎖社会だったので 必然的にすべてが、その圏内のどこかでつながる親族関係が出来上がっていった。
そして、戦後そこに、才覚を発揮して新たに財を成した新興勢力が加わって行く・・・。


この二冊の本では、酒井美意子さんに関連のある親族関係も いろいろ書かれてありますが、文章で書いてあっても、なかなか頭の中では つながってこないので、ここはやはり系図(近現代)を描いてみる事にします。
(若干、独自に付け足しています。)


まず一つ目に彼女の生家の加賀金沢前田侯爵家
二つ目に父・利為の生家、加賀前田家分家の上野七日市前田子爵家
[上野七日市(こうずけなのかいち)は現在の群馬県富岡市]
そして、三つ目に婚家の播磨姫路酒井伯爵家


[系図1]


そらのる

●加賀前田家
前田利為(としなり)
前田利為
加賀前田家16代当主/陸軍大将/侯爵/酒井美意子の父
加賀前田家分家・上野七日市前田家より本家に入る。
先妻渼子(なみこ)が病死し後妻に酒井家より菊子を迎える(美意子の母)/
陸軍士官学校を首席で卒業し陸軍大学は恩賜の軍刀組という極めつけのエリート軍人。
大正時代既に伊のイタラ、英のビアンキなど世界の高級車を乗り回す超紳士でもあった。
東京駒場の邸宅は敷地一万五千坪の規模で本館の建物だけで六百七十坪あり、
馬場やテニスコートも設けられ、百人以上の使用人が働いていた。
陸軍で、歩兵第二旅団長、参謀本部第四部長、陸軍大学校長、第八師団長等歴任。
昭和17年北ボルネオで戦死。陸軍大将に特進。
前田利弘 美意子の弟/加賀大聖寺前田子爵家を継ぐ
※加賀大聖寺前田家は加賀3代藩主利常(利家四男)の三男利治を祖とする。
前田利建 加賀前田家17代当主/式部官、内大臣秘書官
前田利祐(としやす) 加賀前田家18代・現当主
「おまつと利家―加賀百万石を創った人びと」
●有栖川宮家・近衞家・徳川家・高松宮家
有栖川宮威仁(たけひと)
有栖川宮威仁親王
皇族、元帥・海軍大将/妻・慰子(やすこ)は加賀前田家14代慶寧(よしやす)の四女/
有栖川宮熾仁(たるひと)親王(戊辰戦争・東征大総督、日清戦争・陸海全軍総参謀長)の弟
近衞篤麿(あつまろ)
近衞篤麿
貴族院議長、学習院院長/公爵/妻・衍子(さわこ)は前田慶寧の五女、長男が近衞文麿。
衍子は文麿を生んですぐ亡くなり、後妻に同じく前田慶寧の六女・貞子(もとこ)を迎える
近衞篤麿|近代日本人の肖像
近衞秀麿
近衞秀麿
指揮者・作曲家/文麿の異母弟、分家して子爵/欧米に進出した日本人指揮者の草分け/
東大中退後、T12年渡欧、14年帰国後、山田耕筰と組んだ日本交響楽協会創立を経て
昭和元年、新交響楽団(現・NHK交響楽団)を主宰。S11年再渡欧、10年間に渡り
国際的に指揮活動を行った。帰国後も多くの楽団を指揮、S27年近衞管弦楽団を
組織するなど、戦後日本の交響楽団促進に大きな足跡をしるした。童謡「ちんちん千鳥」etc.
著書・関連本
徳川慶久(よしひさ)
徳川慶久
徳川慶喜の七男、公爵家を継ぐ/妻・美枝子は有栖川宮威仁親王の二女/
娘が高松宮妃喜久子
高松宮宣仁(のぶひと)
高松宮宣仁親王
大正天皇第三皇子、昭和天皇の三弟/海軍大佐/妃・喜久子は徳川慶喜の孫/
太平洋戦争末期には、終戦促進に尽力。
戦後は日本美術協会などの総裁・名誉総裁を務めた。’87年薨去
著書・関連本
「高松宮日記」
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])


[系図2]



●上野七日市前田家・岡崎家・平田家・山県家
前田利定
前田利定
逓信相(加藤友三郎内閣)・農商務相(清浦内閣)/子爵/弟に利為(加賀前田家へ)
※上野七日市前田家は前田利家五男・利孝を祖とする。
岡崎勝男
岡崎勝男
外交官・外相(第3次~第5次吉田内閣)/妻が子爵前田利定の娘
「戦後20年の遍歴―シリーズ戦後史の証言・占領と講和〈6〉」
平田東助
平田東助
官僚、農商務相(第1次桂内閣)・内務相(第2次桂内閣)、内大臣/伯爵/
妻は山県有朋の姉の娘/
山県有朋系官僚閥の中心人物として、政界に大きな勢力を持ち、首相候補にも上る。
平田東助|近代日本人の肖像
著書・関連本
平田栄二 日本画家、東京美術学校(のちの芸大)教授/伯爵/妻は前田子爵家の娘
山県有朋
山縣有朋
首相(M22.12~M24. 5、M31.11~M33.10)・内務相・司法相、/元帥・陸軍大将/公爵/
日清戦争で第一軍司令官、日露戦争では参謀総長。
日清戦争後、第二次伊藤内閣と自由党との提携に対抗し、政党に批判的な政官界の
諸勢力を結集、山県閥(系)とよばれ、伊藤系と対峙した。
伊藤の死後は元老の第一人者として首相選定の主導権を握り、政党勢力とは一貫して、
緊張の関係にあった。晩年、宮中某重大事件で政治的威勢は失墜した。
山県有朋|近代日本人の肖像
関連本
山県伊三郎
山縣伊三郎
逓信相(第一次西園寺内閣)/公爵/
有朋の甥で養嗣子となる(長州藩下級武士勝津兼亮と山県有朋の姉の次男)
岩倉遣外使節団に随行して独に留学。帰国後、外務省を経て内務省に入り、
徳島県知事・内務次官等歴任。韓国副統監・朝鮮総督府政務総監として植民地行政を推進。
晩年は枢密顧問官を務めた。
●松下家・井植家
松下幸之助
松下幸之助
松下電器産業創業者/妻・むめのの弟・井植三兄弟とともに松下の基礎を固める/
大正7年松下電気器具製作所を設立。ソケット・自転車用ランプなどの生産で事業を拡大。
S10年松下電器産業(株)に改組し、社長に就任。独自の経営哲学・量産量販思想で知られ
「経営の神様」といわれた。またPHP研究所・松下政経塾の設立など社会活動にも力を入れた。
著書・関連本
松下むめの(妻)著「難儀もまた楽し―松下幸之助とともに歩んだ私の人生」
「苦労と難儀はちがいます―松下幸之助の妻・むめの伝」(荒川進/著)
松下正治
松下正治
松下電器産業取締役相談役・名誉会長/東大卒/
伯爵平田栄二の次男、松下家に婿養子入り
「経営の心―松下幸之助とともに50年」
松下正幸 松下電器産業副会長/正治の長男
松下弘幸
(ヒロ松下)
レーサー、パシフィックマーケティング会長/正治の次男
「インディのカミカゼ ヒロ松下の挑戦―アメリカン・ドリーム」(中島祥和/著)
井植歳男
井植歳男
三洋電機創業者・初代社長/井植三兄弟長兄
「虹を創る男」(邦光史郎/著)
「ベンチャースピリットの研究―ケーススタディー三洋電機」(大富敬康/著)
井植祐郎 三洋電機第2代社長/歳男長弟
井植薫 三洋電機第3代社長/歳男次弟
「果報は練って待て―私の体験的経営論」
「世界を駆ける男」(邦光史郎/著)
井植敏
井植敏
三洋電機会長、第4代社長/井植歳男長男
著書・関連本
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])


松下幸之助は伯爵家から娘婿(母方は前田子爵家)を迎える。


[系図3]



●播磨姫路酒井家・三條家・堀田家・小佐野家
酒井忠興
酒井忠興
伯爵/妻は三條実美の娘
酒井忠正
酒井忠正
農相(阿部内閣)、日本中央競馬会理事長(S32~37)/伯爵/備後福山阿部伯爵家より養子入り
「相撲随筆」
酒井美意子
酒井美意子
マナー・皇室評論家、ハクビ総合学院学長/
著書・関連本
「ある華族の昭和史」「元華族たちの戦後史」
三條実美
三条実美
公爵/尊皇攘夷派公卿として活躍し、8月18日の政変では長州に逃れた(七卿落ち)が、
王政復古後に帰京し、議定・大納言・右大臣などをへて明治4年太政大臣となった。
征韓論争では指導力を発揮出来ず急病となる。明治10年代に入ると地位は次第に
形式的なものとなり内閣制度の開設にともない内大臣に転じた。
その後も華族のまとめ役として活動したが、明治22年、黒田首相の退陣後は二ヶ月間首相を兼務、
大隈条約改正交渉の中止作業にあたった。
三条実美|近代日本人の肖像
関連本
堀田正恒
堀田正恒
下総佐倉藩主家/伯爵/肥前蓮池鍋島子爵家より養子入り
小佐野賢治
小佐野賢治
国際興業社主
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])


酒井美意子は従兄にあたる酒井忠元と結婚。
小佐野賢治は酒井忠元のまたいとこ・堀田英子(伯爵家令嬢)を妻に迎える。
(※またいとこ:親同士がいとこ)

小佐野賢治氏といえば、“政商”“田中角栄刎頚(ふんけい)の友“
ロッキード事件証人喚問における「記憶にございません」等が印象深いですが、
堀田英子さんとのいきさつが、「元華族たちの戦後史」には、こう書かれています。


戦後、酒井邸はGHQに接収されていたが、その別棟を改築して
一時期、酒井美意子さんは、バーやダンスホールの社交クラブを経営していた。

近所に女子学習院があり、そのクラブに通ってきていたのが、
絶世の美女と謳われた堀田英子さんで、クラブでも人気ナンバーワンだった。

ある日、夫の二年上級だった
白根(しらね)精一氏から
「小佐野とかいうやり手のおっさんが、何が何でも華族の美女と結婚したいと、
親父(
白根松介宮内次官)に泣きついているんだ。どこかにいないもんかね。」
と夫が相談を受けた。

小佐野賢治なる人物は山梨県出身の戦後のドサクサに乗じて巨万の富を蓄えた由。

グラマーで社交家で華麗で、誰の目にも外人向きであった英子は放っておくと、
外人の男と結婚するかもしれず、それならと、酒井夫妻が関係者に紹介した。

英子の気持ちも揺れ動いていたが、見合いの結果、小佐野氏は一目惚れ、直ちに求婚。
(年齢は小佐野氏が一回り上)
戦後の窮乏期に悪戦苦闘していた堀田家でも日の出の勢いの小佐野氏との
縁組を望み、昭和25年1月、華燭の典は挙げられた。



その日からさかのぼること17年前の昭和8年、山梨の農家から出てきた小佐野少年は
東京本郷の本郷商会で使い走りや掃除に追い立てられる丁稚の境遇であった。
目と鼻の先に深々とした樹木につつまれた邸宅があり、
それが、伯爵堀田正恒のお屋敷であった。
丁稚として辛苦をなめつつある少年は、鬱屈の思いを抱いて幾度
この雲の上のような存在のお屋敷の前を通り過ぎたことであろう。
堀田邸には当時四歳になる女の子がいた。人形のように可愛い姫君であったという。
それが、17年後には妻となる英子であった。
(「日本の名門100家」中嶋繁雄・著より)



白根男爵家に関しては、いずれまた、書ければと思っています。





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