近現代・系図ワールド
系図でみる近現代~夢・感動・人間!~

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系図でみる近現代 第28回

近現代人物のエピソード、系譜・閨閥など、系図を交えて紹介。

武田國男 家系図 (※転載禁止)

第28回 タケダ、タケダ、タケダ~、武田薬品工業会長兼CEO第6代武田長兵衛三男・武田國男、華麗なる薬品・食品一族。  (04.11.30記)
そして、2012年、次女・武田麗子が、馬術でロンドン五輪出場! (2012年追記)

2004年11月の日本経済新聞連載「私の履歴書」(のち書籍化「落ちこぼれタケダを変える」)は、
武田薬品工業社長を93年6月より10年務め、昨年2003年6月にその座を後進に譲り、 現在、会長兼CEO(最高経営責任者)である武田國男(くにお)氏。

「日経ビジネス」2003年2/17号、「稼ぐ社長ランキング」において、 数ある大企業の社長の中で、堂々の1位にランクされました。

企業を改革した経営者としては、フランス・ルノーから来て 日産自動車を再生させたカルロス・ゴーンばかりが、よく話題に上ります。

しかし、どっこい日本にも、しがらみ、聖域を打破し、 トップが旗振り役となって危機感を醸成、 大企業病にどっぷりつかった企業の改革を断行して、 「兆」単位で企業価値を上げた「すご腕」経営者がいます。

その一人が武田國男氏。


武田薬品工業、言わずと知れた日本の医薬品業界トップメーカーであり、 大阪の製薬・卸会社のメッカである道修町(どしょうまち)に本社をおき、 創業、天明元年(1781年)、二百二十余年の歴史を誇る老舗企業、通称タケチョウ。
武田家の当主(社長)は、代々、長兵衛を襲名してきた。


ところで、武田と言えば、思い出されるのが、

「♪タケダ、タケダ、タケダ~、 タケダ、ターケーダーー♪」
というタケダマークの看板が大写しになるCMから始まった“タケダアワー
「ウルトラQ」「ウルトラマン」「柔道一直線」etc.、

他にもCMや商品としては、三船敏郎「飲んでますか!」アリナミン、
米屋さんが扱っていた栄養飲料プラッシー、調味料では、いの一番、
かぜ薬のベンザ、武田漢方胃腸薬、牧瀬里穂デビューCMはハイシー、
そして、アーノルド・シュワルツェネッガーが、宮沢りえと共演して
「シュワちゃん」などと気安く呼ばれ出したのが、アリナミンVドリンクのCM、などなど・・


話が横にそれましたが、ここで簡単な武田家の系図を描いておきます。

[系図1]


第5代武田長兵衛は、13歳の時から家業の見習を始め、使用人と共に荷揃えや発送に従事。
明治37年、35歳で5代目長兵衛を襲名。41歳まで道修町で店員と共に起居。
研究の重要性を見抜き、大正3年には研究部を創設。
先代の始めた製薬業を近代化し、大正7年武田製薬株式会社に発展・創設、 大阪商人の見本とまでいわれた。

14年に武田長兵衛の個人営業と武田製薬(株)とを合併させ、(株)武田長兵衛商店を創立。
“儲けよりも病人に効く薬”を第一義の経営理念とした武田薬品中興の祖。

社長の椅子を息子に譲った後も、毎日出社して孫に社長教育を授け、 80過ぎても昼食に洋食二人前を取り寄せ、ペロリと平げるバイタリティの持ち主であった。
昭和34年、90歳の天寿を全うした。


第6代武田長兵衛は、戦時中の昭和18年 武田長兵衛商店を改組した武田薬品工業の発足とともに 38歳で6代目長兵衛を襲名し、第5代より社長を引き継いだ。

以後、昭和49年に社長の座を小西新兵衛(従弟)に譲り会長に退くまで、 30年余りにわたって社長を務めた。

経営の近代化・多角化を推進、研究施設の充実を図り、テレビCMなども最大限活用し、 さらに抗生物質の発売、ビタミン剤アリナミンの成功などにより 武田を業界トップ企業に押し上げ、独走態勢を築いた。

昭和29年発売のアリナミンは、医科向けと家庭薬の双方で大ヒット商品になり、 最盛期の昭和30年代には、武田の全利益の半分をまかなうお化け商品に成長し、 武田は「アリナミン王国」の異名をとった。
財界活動においても、関西経済同友会代表幹事や大阪商工会議所副会頭などを務めた。


その第6代長兵衛と妻・繁子の三男に生まれたのが、武田國男氏。
しかし、元々社長になる存在では、なかった。

大阪の古い商家では、生まれながらにして長男が後継ぎと決められており、 早くから長男に帝王学を施し、それ以外の子供とは、明確に区別し、育てられた。

ところが、1980年(昭和55年)、武田家及びタケダにとって、非常事態が発生した。

長兄で副社長であった6歳年上の彰郎氏が、2月早朝ジョギング中に倒れ、46歳で急逝。
翌年創業二百周年を機に社長に昇格、7代目長兵衛を襲名する予定であった。
それを誰より願っていた、会長であり父である6代目長兵衛は、夢が幻と消え、 抜け殻のようになり、わずか半年あまりで、長男のもとに旅立ってしまった。


國男氏はその5日前に父を見舞い、 その時の父の顔を忘れる事ができない、と言います。

父は、病室のベッドに弱々しく座り、じーっと國男氏を見つめ一言も口をきかない、 しかし、その目が語っていた。

[なんでくだらんお前が生きとんのや。
彰郎の代わりにこのアホが死んどってくれたらよかったんや]

あまりに自分の存在の小ささを思い知ったといいます。
次兄である誠郎氏は、一時、武田の研究所にいたが、武田を出て学究の道を歩んでいた。
國男氏は

「当時、私は一介の課長であり、できの悪い、社長の三男など、どこも押しつけられたくない。
傍流の事業部に預けられ、部屋住みのように扱われてきた。家も学校も会社もすべて落ちこぼれ。
その上、人見知りする内気な性格ときたら、ただの厄介者である。」


しかし、

「こんな私にも一つ取りえがあった。長く窓際にいたので、会社のだめなところが、
手に取るようにわかっていた。」


武田家以外からの社長が3代続き、その間、小西新兵衛会長の指令により、 アメリカ合弁会社に派遣され、大勢の意見とは違う前立腺ガン治療薬投入を主張、 この判断が見事に当たり、武田の米国事業は成長軌道に乗った。
そして、兄の死から13年後、社長のお鉢が回ってきた。

その時、マスコミはこぞって武田家に“大政奉還”と書いた。
実際、私も当時その記事を読み、大企業で世襲?そして、その細おもての風貌や、 大企業社長にありがちな学歴とは、少々違う経歴に 正直、「タケダ、大丈夫?」と、何もわからず漠然と思ったものでした。

ところがどっこい、まさに「だいじょーブイ」・・・でした。

武田氏の弁によれば、それまでのタケダは、 ぬるま湯の中で仲良しクラブや部門エゴにうつつを抜かし茶坊主しか出世しない。
万事ドンブリ勘定で、責任の所在などあってないようなもの。
日本の製薬業界ではトップでも、しょせん世界では、けし粒のような存在。
それでも「武田だけはつぶれない」と危機感のかけらもない。


「周りは『ゴマのすり兵衛』ばかり。全部飛ばしました。」

ゴマスリはいらん、無駄な人員を減らせ、儲からん工場を閉めろ、 医薬の稼ぎに寄りかかっている多角化を見直せと、ひたすら吠えまくり、 欧米型実力主義の人事制度を上の役職から順次導入、 世界競走を勝ち抜ける「グローバルな研究開発型製薬企業」を目指した。

社内から、独裁者と言われ、社員は「あいつはばかや」と思っているから、 改革を理解しようともせず、「お前みたいなボンボンに何がわかる」といった 匿名の手紙が何通も自宅に送りつけられたり、誹謗する怪文書騒ぎもあった。

就任3年目には、ぼうこうガンを患うという事態にもおちいり、 大手術後、無事退院した時には、下腹部の内臓はほとんどなくなっていた。
そして、9月中間決算報告に丸坊主のまま登場し、 その場でガン告白と完治宣言を同時にやってのけた。

その後も、ひるむ事なく、ついには、父が多角化した動物向け医薬品、ビタミンや食品、 化学品、農薬などを次々に切り離し、医薬品事業への経営資源の「選択と集中」を実現した。


2002年3月期、社長9年目の連結決算で、 製薬業界初の売上高1兆円を達成、純利益は2356億円。

売上高は日本一のトヨタの15分の1だが、純利益はトヨタの4割近い高水準。
株式配当は10年前の13円から今年度88円見込み。海外での売上も7割に達し、 巨大多国籍製薬企業との競走の土俵に、上がるところまでこぎつけた。


エリート社員にない型破りの発想と、“武田”という名前が役に立った、
しかし、武田家の社長は自分で終りと言い、 役員の子供は入社させない内規をつくり、長男は別の会社で働いている。
“長兵衛”も襲名せず、「國男のほうが運がいい」と言い切る。


「武田国男」、正式には、「國男」と書きますが、 そのお名前は、私が勝手に想像するに、母上の旧姓からきているのでは?

“伊勢商人の娘”、母の旧姓、それは、国分國分/こくぶ)
缶詰等で有名な食品・酒類卸、國分である。

そして、妻の実家は青森の老舗醤油企業ワダカン

結婚後、妻の姉の嫁ぎ先にあいさつに行くと、 それまで、武田が食い込めなかったソーセージなどに使う調味料を よそから武田に代えてくれるという思わぬ大口商談が、舞い込んだ。
その相手方は伊藤ハム

これらを簡単に系図にあらわすと

[系図2]


結婚披露宴の仲人も、やはり食品メーカーから、サントリー・佐治敬三氏であった。
その時、授かった一言が人生の指針に。

「自然体でいきなはれ。自然体でないとあきまへん

武田氏は、インタビューで

「こんな薬があれば一番喜ばれるだろうと思う薬は?」
との問いに、即座に、こう答えておられます。

「はげ防止。 肥満防止も絶対。やっぱり、がんを完全にたたけたら、一番でしょうなあ。 勃起(ぼっき)不全治療剤は、もう出ましたからね。 あと、心臓病、アルツハイマー、たねは尽きませんね。」


なるほど!

はげ防止に、勃起不全治療剤・・・

齢を重ねてくると、こればかりは、


自然体ではあきまへん!?



残念!!!・・・・


落ちこぼれタケダを変える (日経ビジネス人文庫)


追記(2012年)

上記・日経新聞「私の履歴書」の最後は、自身、杉谷選手(馬術)とともに、 乗馬した次女・麗子の写真及び、その話題で締めくくっていた。

『シカゴで誕生した末娘も大学生。以前から乗馬に惹かれ、現在、オリンピックに過去三回出場
(※当時/今回・ロンドン五輪出場で5大会連続)の杉谷泰造選手について特訓中である。
2004年秋は国体でも上位に入賞することができた。
(中略)
会社の仕事もそこそこ、ゴルフもそこそこ、エビネ(※ラン科植物)もそこそこ。
後は“親ばか大将”よろしく、アメリカやヨーロッパで、そして若き日を過ごしたフランスで、 乗馬で転戦する娘の“追っかけ”をしてみたい。
これも娘と馬次第であるが。』


2012年、その愛娘武田麗子ロンドン五輪、馬術競技障害飛越個人に出場!!


そらのる

●武田・小西・森本家系図
武田長兵衛(第5代)
武田長兵衛(第5代)
武田薬品社長/
重太郎、隠居後、和敬。
武田長兵衛(第6代)
武田長兵衛(第6代)
武田薬品会長・社長/鋭太郎/
妻・繁子は第10代國分勘兵衛三女。11代勘兵衛の妹/
武田長兵衛
武田彰郎 長男/武田薬品副社長
武田誠郎 次男/広島大学医学部教授
武田國男 三男/武田薬品会長兼CEO、社長/
平成5年社長、15年会長兼CEO、21年退任。
武田国男
落ちこぼれタケダを変える
武田麗子
武田麗子
馬術競技障害飛越個人ロンドン五輪(2012年)代表選手/武田國男次女
小西新兵衛(第6代) 小西薬品工業社長/駒太郎/妻は5代目長兵衛妹
安永年間(1770年代)から続く薬品問屋に生まれ、
武田長兵衛商店時代のタケダで奉公し、のち6代目を襲名
明治41年、東京日本橋に店を構える。
小西新兵衛(第7代) 武田薬品会長・社長/専一
昭和18年、7代目襲名、小西薬品社長に就任
昭和19年、戦時下の企業整備令でタケダと合併
森本寛三郎 武田薬品会長
森本浩 神戸学院大学教授、薬学博士
●徳大寺・西園寺・住友家(参照:第13回
徳大寺則麿 三菱重工取締役/男爵
徳大寺元麿 甲南機械製作所社長
●小川家
小川琢治
小川琢治
京大教授/理学博士、学士院会員
小川芳樹
小川芳樹
東大教授/工学博士
貝塚茂樹
貝塚茂樹
京大教授/文学博士/長男が東大教授・貝塚啓明(経済学博士)
貝塚茂樹
貝塚啓明
湯川秀樹
湯川秀樹
東大・京大教授/理学博士/日本初のノーベル賞(物理学賞)受賞
湯川秀樹
●國分家
國分勘兵衛(第10代)
國分勘兵衛(10代)
國分社長/秀次郎
國分勘兵衛(第11代)
國分勘兵衛(11代)
國分社長/貫一/
國分勘兵衛(第12代) 國分社長/章一
國分は1712年創業、食品・酒類卸のトップ
●和田家
和田寛次郎 和田寛食料工業社長/一男四女の父/
ワダカンは青森の醤油メーカー、現在和田家とは一切関係なし。
和田寛食料工業→ワダカン食品工業(88年)→ワダカン(2000年)
●伊藤家
伊藤傳三
伊藤傳三
伊藤ハム創業者・社長
伊藤研一 伊藤ハム会長
伊藤正視 伊藤ハム社長
「人が集まるテーマパークの秘密」
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])





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●参考文献
日本経済新聞04年11月「私の履歴書」
元気を与えてくれる会社」日経ビジネス編
カリスマたちは上機嫌 日本を変える13人の起業家」梅沢正邦
私の源流 トップ経営者からのメッセージ」街風隆雄
会社は社会の預りもの “武田長兵衞”に学ぶ経営戦略の神髄」渡辺一雄
日本の実業家~近代日本を創った経済人伝記目録」日本工業倶楽部編
豪閥」佐藤朝泰
落ちこぼれタケダを変える」武田國男
人事興信録
「FLASH」 2012年6/26号[“美人すぎる馬術五輪代表”は武田薬品元会長の愛娘]
他、各種人名辞典・系図集

●参考HP
asahi.com 2002.6/1
SANSPO.COM [武田麗子、才色兼備のお嬢様ライダー]