| ●岡崎財閥・岡崎家系図 |
| 岡崎真鶴 |
飾磨県大参事、第三十八銀行頭取/元土佐藩士/
山陽鉄道の創業に参画 |
岡崎藤吉
(とうきち) |
1856〜1927/明治・大正期の実業家 貴族院議員/
佐賀藩士・石丸六太夫の次男に生まれ、岡崎真鶴の養子となる。
明治27年岡崎汽船を創設、海運業を始め、日清戦争で巨利をおさめる。
40年神戸海上運送火災保険(同和火災海上保険の前身)、
大正6年神戸岡崎銀行(神戸銀行の前身)を設立し財界各方面に活躍した。 |
| 岡崎忠雄 |
1884〜1963/大正・昭和期の銀行家 神戸銀行会長、神戸商工会議所会頭/
海運業岡崎藤吉の養子となり、海運業に従事したが、
大正6年養父の財を基礎に神戸岡崎銀行を設立、常務。
昭和2年養父の死後、頭取に就任。11年一県一行主義の方針により兵庫県下の6行と合併、
神戸銀行となり会長に就いた。この間神戸商工会議所会頭を務め、貴族院議員でもあった。
戦後は岡崎系事業の他、東京計器製造所会長、日豊海運会長、ダイハツ工業取締役、
経団連顧問、日経連顧問などを歴任した。
◆著書
「青海偶語」 |
| 岡崎真一 |
1907〜1971/同和火災海上保険社長、参議院議員(自民党)、神戸商工会議所会頭/
三男二女がある/
鐘紡、岡崎汽船勤務を経て、神戸海上保険取締役、同和火災海上保険社長、
東京衡機・日豊海運・神戸国際会館各社長、日本航空・日本テレビ・東洋パルプ各取締役、
神戸商工会議所会頭、日本商工会議所副会頭等を歴任。
また、昭和23年兵庫地方区から参議院議員に初当選、3期務め、
参議院大蔵委員長、外交調査会副会長等を歴任。
昭和26年サンフランシスコ会議に参加、27・29年政府親善使節として東南アジアへ出張、
30年世界仏教徒大会日本代表として東南アジア諸国へ出張した。
◆著書
「新しき欧米をゆく 」(1952年)
「褐色の肌 」(1957年)
「仏法―わかりやすい仏教の真理」 (1959年) |
岡崎忠
(ちゅう) |
1904〜1990/昭和期の実業家 神戸銀行頭取/岡崎忠雄娘婿、一男二女がある/
東大を卒業し、三菱倉庫を経て、昭和8年神戸岡崎銀行に入行。
合併後の神戸銀行支店の次長・支店長、さらに本店営業部長などを歴任し、
20年神戸銀行常務、22年経営陣が公職追放により退陣、42歳で頭取に就任。
以来、まるまる二十年、頭取として君臨し、兵庫県下の支店網の整備とともに、
東京・大阪などの大都市への進出を果たした。
外遊すること10回に及び、外国に「港神戸」の神戸銀行のイメージ売り込みにも成功、
24年に外国為替公認銀行になり、海外業務にも力を入れ、同行を都市銀行として発展させていった。
42年会長、48年合併で太陽神戸銀行取締役相談役となり、61年相談役となる。
長年にわたり、神戸財界の中心人物として、活躍すると共に、神戸経済発展に大きく貢献した。
◆著書
「わが心の自叙伝」(私家版) |
| 岡崎真雄 |
ニッセイ同和損害保険名誉会長、ザ・フェニックスホール館長/
慶応大卒、のち米国コネチカット州トリニティカレッジ卒。
昭和60年同和火災海上社長、平成10年会長、13年ニッセイ同和損保会長となり、18年に退任 |
| 岡崎藤雄 |
内外ゴム社長 |
| 岡崎由雄 |
東京衡機製造所会長兼社長 |
| 岡崎晴彦 |
ファミリア社長/
甲南大卒業後、米国に留学、アマースト・カレッジを卒業し帰国。
三和銀行、東京計器を経てファミリア勤務。 |
坂野惇子
(ばんのあつこ) |
ファミリア創業者・会長/レナウン創業者・佐々木八十八の三女/
第二次大戦中、応召中の夫の帰還を待ちながら内職として子供服作りを始める。
昭和23年神戸に友人とベビーショップモトヤを開店、25年ファミリアを創立し代表取締役となる。
西洋式四角いおむつ、赤ちゃん用肌着など、赤ちゃんの発育を医学的科学的に
配慮したものを考案、普及に尽くした。
のち子供服研究所を設立し、本格的な子供服の素材開発、デザイン、製造なども手がけた。
51年銀座ファミリアを設立し代表。60年ファミリア副会長、平成4年会長を経て、10年名誉会長。 |
| 坂野通夫 |
ファミリア会長・社長 |
大谷尊由
(そんゆ) |
1886〜1939/西本願寺執行長、拓務相(近衛内閣)、貴族院議員/
西本願寺(浄土真宗本願寺派)二十一世宗主大谷光尊(伯爵)の四男、
長兄が二十二世宗主大谷光端(伯爵)でその妻の妹が貞明皇后(大正天皇皇后)/
日露戦争では本願寺遼東半島臨時支部長として従軍布教にあたり、
のち中国・南洋にも兄光瑞と共に渡って教線拡大に努力。
明治43年西本願寺執行長、本願寺派護持会財団理事長を経て、
大正9年管長事務取扱に就任。同派内で兄に次ぎ重きをなす。
昭和3年貴族院議員(勅選)、12年第一次近衛内閣の拓務相。
13年北支那開発会社初代総裁に転出、また同年内閣参議となった。 |
| 高木兼二 |
医博、慈恵医大教授/父は男爵・高木兼寛 |
| 小坂順造 |
衆議院議員、電源開発総裁/
◆関連本
「小坂順造 」(1961年)
「小坂順造〈別冊〉 」(1962年) |
| 小坂善太郎 |
衆議院議員、外相/弟は衆議院議員、運輸相、信越化学工業社長 小坂徳三郎/
◆著書・関連本
「議員外交四十年―私の履歴書 」 |
| 小坂憲次 |
衆議院議員、文部科学相(小泉内閣)/4代続く代議士家系/
小坂憲次オフィシャルウェブサイト |
| 諸戸精文 |
諸戸林業・諸戸商会代表取締役/諸戸家は伊勢・桑名の山林王 |
| 川島令次郎 |
海軍中将 |
| 桑田熊蔵 |
明治〜昭和期の経済学者・社会政策学者、法博、中央大学教授、貴族院議員/
◆著書
「欧洲戦後の社会運動 」 (1928年)
「工場法と労働保険」
「欧州労働問題の大勢」 |
| 桑田一夫 |
倉吉銀行専務 |
| 河合良成 |
小松製作所会長・社長、衆議院議員、厚相、日経連・経団連常務理事/
◆著書・関連本
「私の履歴書―昭和の経営者群像〈10〉 」
「帝人事件―三十年目の証言 」 (1970年) |
| 河合良一 |
小松製作所会長・社長 |
| 町村金五 |
北海道知事、衆議院議員、参議院議員、自治相、警視総監/
◆著書・関連本 |
| 町村信孝 |
衆議院議員、外相(小泉内閣)/
町村信孝オフィシャルホームページ
◆著書・関連本
「保守の論理 「凛として美しい日本」をつくる 」 |