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系図でみる近現代 第34回

近現代人物のエピソード、系譜・閨閥など、系図を交えて紹介。

岡崎財閥 家系図 (※転載禁止)

第34回 まさに“華麗なる一族” 銀行・損保に君臨した神戸の岡崎財閥 そして、岡崎家の現在 (07.1.29記)

山崎豊子原作「華麗なる一族」(TBS)が、多数の主役級キャストをそろえて、 2007年1月より、放映を開始しました。

興味深いことに、ドラマの中では、閨閥という言葉がよく登場してきますが、その中心人物の閨閥といえば、 父・万俵敬介が基礎を築いた新興財閥・万俵財閥をより拡大した現当主が、 万俵大介であり、その妻は、没落した公家華族の娘。 長男・万俵鉄平の嫁は大物政治家の娘、長女の婿は大蔵官僚などなど・・。

そして、この一族には、モデルと言われる神戸を拠点とした財閥がありました。

それは、岡崎財閥

岡崎財閥と言っても、現在、ピンとくる人は少ないでしょうが、 戦前、あるいは戦後のある時期まで「神戸の岡崎」といえば、 神戸の財閥、あるいは、神戸銀行同和火災海上保険等に 君臨する一族として、関西一円にその名が轟いていた。
現在、その邸宅跡地は、須磨離宮公園植物園となっている。

もちろん、「華麗なる一族」は小説・フィクションであり、実際とはいろいろ違います。

例えば、同時代に長年、銀行頭取・会長を務めた人物・岡崎忠は娘婿であり、 また、阪神特殊製鋼のモデルといわれる山陽特殊製鋼は、 神戸銀行が大株主でメインバンクであったが、直接、岡崎家との繋がりはなかった。

簡単に言えば、 日本中を揺るがし戦後最大の倒産といわれた山陽特殊製鋼事件(昭和40年)と、神戸銀行・岡崎一族を題材にして、 合体・脚色を加えた小説ということになるのでしょうか。


神戸銀行

広田弘毅内閣の馬場鍈一蔵相が推進した一県一行主義により、 昭和11年、兵庫県下の7行が合併して誕生した。 (神戸岡崎銀行、三十八銀行、五十六銀行、西宮銀行、灘商業銀行、姫路銀行、高砂銀行)

その後、昭和48年に太陽神戸銀行となり、平成2年太陽神戸三井銀行(のちさくら銀行)、 平成13年三井住友銀行となり現在に至る。


同和火災海上保険

第2次大戦中の昭和19年、戦時経済・金融統制のもとに、 企業統合・再編が進められ、4社の合併により誕生した。 (神戸海上火災保険、朝日海上火災保険、横浜火災海上保険、共同火災海上保険)

そして近年、ニッセイ損害保険と合併して平成13年、ニッセイ同和損害保険となった。

ちなみに、本社は同和火災時代より、大阪の梅田新道交差点、 御堂筋の起点?にそびえ立つフェニックスタワーである。 (※平成22年10月、さらに合併して、「あいおいニッセイ同和損保」に。)


岡崎家・岡崎財閥の歴史


◆岡崎家は本来、土佐の出で、明治維新後、 新政府の役人になった元土佐藩士岡崎真鶴が、 飾磨(しかま)県大参事となって兵庫魚崎の地に移ってきたところに始まる。

岡崎真鶴は神戸に留まり、明治20年の神戸・下関間の山陽鉄道の創業に尽力したり、 晩年、国立第三十八銀行の頭取に推されて就任するなど、兵庫の実業界に身を投じた。

◆そして、天下に鳴り響いた岡崎財閥の基礎を固めた生みの親は、 その娘婿岡崎藤吉であった。

真鶴には跡取りの男児がなかったため、当時、東京帝大を出て、 兵庫県庁に勤めていた石丸藤吉を見出して婿養子に迎えた。

岡崎藤吉は、役所を辞めて実業界に身を投じ、 まず、酒どころ灘五郷一帯の酒・油・穀類の河川・海上輸送を主眼として回漕業を開始した。 これが、岡崎汽船、そして岡崎財閥の第一歩になった。

徐々に、荷主を拡げて船腹を増し、日清戦争の当時は阪神一円に聞こえた実業家となり、 岡崎汽船のほか、義父が創業に参画した山陽鉄道の重役にもなっていた。

さらに、日露戦争、第一次大戦と、海運界の活況に乗じて巨利を博し、 しかもその最高潮時にあって、後日の景気反動・低迷を見事に予測、 事業の主力を神戸岡崎銀行神戸海上運送保険(のちの同和火災海上保険)に転換し、 その後、金融、損保界に覇をとなえる大実業家となったのである。

◆だが、この岡崎藤吉にも嗣子がなかった。
そこで、一人娘の婿養子に迎えられたのが、甥である石丸忠雄であった。

岡崎忠雄は、若くして理財の道に長じ、養父なきあと、 神戸岡崎銀行頭取、神戸海上火災会長、神栄生糸社長などを務め、 昭和11年合併により誕生した神戸銀行の会長に就任。
また、神戸商工会議所会頭にも推され、神戸経済界をリードした。

◆そして、忠雄になってようやく男子に恵まれた。
しかし、一男一女であったため、長男真一が保険を、 銀行は長女(妹)の婿養子に迎えた忠(ちゅう)が、 引き継ぐという二頭体制をとった。

岡崎真一は昭和19年、神戸海上運送保険を改組し、同和火災海上として社長になった。
財界のみならず、参議院議員となり政界に於いても確固たる位置を占め、 昭和30年秋には神戸商工会議所会頭にもなり、さらに日本商工会議所副会頭も務めた。

岡崎忠は、昭和22年、神戸銀行頭取となり、以来20年間その座にあり、 多難な戦後の銀行経営に取り組み、都市銀行としての形態を整えた。
地元神戸の多くの公職にもつき、さまざまな財界活動を行った。


欣也さま”すなわち、「華麗なる一族」万俵財閥総帥・万俵大介は、
岡崎忠雄・真一・忠の3人を合体させたイメージなのでしょうか・・。


◆岡崎真一には、三男二女、岡崎忠には、一男二女の子息があり、

岡崎真一の長男・岡崎真雄は、同和火災海上社長、会長を務め、 平成18年、ニッセイ同和損害保険(東証1部)会長を退任、現在、名誉会長。
次男・岡崎藤雄は、内外ゴム現社長、
三男・岡崎由雄は東京衡機製造所(東証2部)現会長兼社長

また、岡崎忠の長男・岡崎晴彦は皇室御用達としても有名な ベビー・子供服用品のファミリア現社長である。

そして、女子も皆、企業有力者(一族)に嫁いでいる。

(※詳しくは、「豪閥―地方豪族のネットワーク」等を参照)




山特鋼の「鉄平さん」


姫路の小さな製鋼所から身を起こした山陽特殊製鋼は、 戦後、荻野一が買収、そして、朝鮮特需で大儲けし、 その後も強気の設備投資を展開、特殊鋼業界の雄にのし上っていた。

どこの特殊鋼メーカーも持っていない高炉の建設を目前に控え、 社長・荻野一は、「日本の山特鋼から世界の山特鋼へ!」と豪語していた。
その山特鋼が倒産。あとには520億もの負債が残った。

キムタク演じるところの阪神特殊製鋼専務・万俵鉄平という人物は、

住友金属工業会長・日向方斉と、 山陽特殊製鋼常務(倒産時)・上杉年一に、似せて創作された。
原作者山崎豊子自らが山陽特殊製鋼の知人にそう言ったため、 いつの間にか上杉年一は「鉄平さん」と呼ばれるようになった。

万俵鉄平は、悲劇的な運命をたどるようですが、 上杉は倒産以降、その力を発揮する。

倒産当時常務だった上杉は、当然、“戦犯”指定だったが、 会社更生法の適用が決まり、会社に乗り込んできた管財人グループから、 「君は残ってくれ。技術がないと再建できない。技術は君に任せる」と指示される程、 山陽特殊製鋼の技術、特に上杉の頭脳は他社からも評価が高かった。

上杉は複雑な心境で迷ったが、会社再建のため尽力し、のち社長にもなった。


余談だが、評論家の竹村健一は、英文毎日記者を務めたのち、 倒産前の昭和38年より山特鋼調査部長のイスに座っていたが、 一年で見切りをつけ、いち早く飛びおりた。

また、山特鋼野球部だった梅谷馨は、倒産後、退職したのち、 東洋大姫路高校野球部監督として、春夏8回甲子園出場・52年夏には優勝に導いた。
胴上げされた時、「山特鋼OB、ここにあり」と絶叫したい気持ちに襲われたという。


太陽神戸銀行の誕生


山陽特殊製鋼倒産で、メインバンクにも風当たりはきつく、 当時、神戸銀行頭取の岡崎忠は、
「ぼんやりしていたといわれれば、それまで。しかし、 最後は富士製鉄(のち八幡製鉄と合併し新日鉄)のバックアップがあると信じて疑わなかった」
と語り、 また、管財人代理だった人物は岡崎が、
「銀行が裏付けもなくしてカネを貸すはずもない。煮え湯を飲まされた。 こうなった真相はこうだ、といって手記として明らかにしておきたいほどの気持ちだ」
と言っているのを聞いたという。

しかし、当時大蔵省検査官の一人は“神戸銀行の背のび経営”について 「山特鋼倒産2年前の銀行検査の際、大口融資先に問題が数多くあり、 赤字穴埋めの追い貸しなどもあった。
役員は優雅な方ばかりで、頭取以下、歌舞音曲の芸達者ぞろいには驚かされた。
都銀といいながら、地銀色も強く、無理した経営が目立った。」

山特鋼倒産から2年後の昭和42年、 頭取に、地元神戸出身の元大蔵事務次官・石野信一が就任。
創立30周年を機に、頭取の岡崎が石野を指名、会長に退くというかたちであったが、 実際はツメ腹であり、何かと噂のあった山特鋼担当の専務も退任した。
石野の神戸銀行入りで岡崎色は一新される。

その後昭和48年、石野の先輩、元大蔵次官・河野一之が頭取を務める太陽銀行と合併。
岡崎忠は太陽神戸銀行相談役となる。


そして、現在は三井住友銀行となり、行名からは、太陽も神戸も消えてなくなり、 単純に行名から考えれば、日本の大財閥であった三井財閥と住友財閥の合体!
何ともすごい名前である。


華麗なる一族テレビドラマ相関図


そらのる

●岡崎財閥・岡崎家系図
岡崎真鶴 飾磨県大参事、第三十八銀行頭取/元土佐藩士/
山陽鉄道の創業に参画
岡崎藤吉(とうきち)
岡崎藤吉
1856~1927/明治・大正期の実業家 貴族院議員/
佐賀藩士・石丸六太夫の次男に生まれ、岡崎真鶴の養子となる。
明治27年岡崎汽船を創設、海運業を始め、日清戦争で巨利をおさめる。
40年神戸海上運送火災保険(同和火災海上保険の前身)、
大正6年神戸岡崎銀行(神戸銀行の前身)を設立し財界各方面に活躍した。
岡崎忠雄
岡崎忠雄
1884~1963/大正・昭和期の銀行家 神戸銀行会長、神戸商工会議所会頭/
海運業岡崎藤吉の養子となり、海運業に従事したが、
大正6年養父の財を基礎に神戸岡崎銀行を設立、常務。
昭和2年養父の死後、頭取に就任。11年一県一行主義の方針により兵庫県下の6行と合併、
神戸銀行となり会長に就いた。この間神戸商工会議所会頭を務め、貴族院議員でもあった。
戦後は岡崎系事業の他、東京計器製造所会長、日豊海運会長、ダイハツ工業取締役、
経団連顧問、日経連顧問などを歴任した。
著書
「青海偶語」
岡崎真一
岡崎真一
1907~1971/同和火災海上保険社長、参議院議員(自民党)、神戸商工会議所会頭/
三男二女がある/
鐘紡、岡崎汽船勤務を経て、神戸海上保険取締役、同和火災海上保険社長、
東京衡機・日豊海運・神戸国際会館各社長、日本航空・日本テレビ・東洋パルプ各取締役、
神戸商工会議所会頭、日本商工会議所副会頭等を歴任。
また、昭和23年兵庫地方区から参議院議員に初当選、3期務め、
参議院大蔵委員長、外交調査会副会長等を歴任。
昭和26年サンフランシスコ会議に参加、27・29年政府親善使節として東南アジアへ出張、
30年世界仏教徒大会日本代表として東南アジア諸国へ出張した。
著書
新しき欧米をゆく」(1952年)
褐色の肌」(1957年)
仏法―わかりやすい仏教の真理」 (1959年)
岡崎忠(ちゅう)
岡崎忠
1904~1990/昭和期の実業家 神戸銀行頭取/岡崎忠雄娘婿、一男二女がある/
東大を卒業し、三菱倉庫を経て、昭和8年神戸岡崎銀行に入行。
合併後の神戸銀行支店の次長・支店長、さらに本店営業部長などを歴任し、
20年神戸銀行常務、22年経営陣が公職追放により退陣、42歳で頭取に就任。
以来、まるまる二十年、頭取として君臨し、兵庫県下の支店網の整備とともに、
東京・大阪などの大都市への進出を果たした。
外遊すること10回に及び、外国に「港神戸」の神戸銀行のイメージ売り込みにも成功、
24年に外国為替公認銀行になり、海外業務にも力を入れ、同行を都市銀行として発展させていった。
42年会長、48年合併で太陽神戸銀行取締役相談役となり、61年相談役となる。
長年にわたり、神戸財界の中心人物として、活躍すると共に、神戸経済発展に大きく貢献した。
著書
「わが心の自叙伝」(私家版)
岡崎真雄 ニッセイ同和損害保険名誉会長、ザ・フェニックスホール館長/
慶応大卒、のち米国コネチカット州トリニティカレッジ卒。
昭和60年同和火災海上社長、平成10年会長、13年ニッセイ同和損保会長となり、18年に退任
岡崎藤雄 内外ゴム社長
岡崎由雄 東京衡機製造所会長兼社長
岡崎晴彦 ファミリア社長/
甲南大卒業後、米国に留学、アマースト・カレッジを卒業し帰国。
三和銀行、東京計器を経てファミリア勤務。
坂野惇子
(ばんのあつこ)
坂野惇子
ファミリア創業者・会長/レナウン創業者・佐々木八十八の三女/
第二次大戦中、応召中の夫の帰還を待ちながら内職として子供服作りを始める。
昭和23年神戸に友人とベビーショップモトヤを開店、25年ファミリアを創立し代表取締役となる。
西洋式四角いおむつ、赤ちゃん用肌着など、赤ちゃんの発育を医学的科学的に
配慮したものを考案、普及に尽くした。
のち子供服研究所を設立し、本格的な子供服の素材開発、デザイン、製造なども手がけた。
51年銀座ファミリアを設立し代表。60年ファミリア副会長、平成4年会長を経て、10年名誉会長。
坂野通夫 ファミリア会長・社長
大谷尊由(そんゆ)
大谷尊由
1886~1939/西本願寺執行長、拓務相(近衛内閣)、貴族院議員/
西本願寺(浄土真宗本願寺派)二十一世宗主大谷光尊(伯爵)の四男、
長兄が二十二世宗主大谷光端(伯爵)でその妻の妹が貞明皇后(大正天皇皇后)/
日露戦争では本願寺遼東半島臨時支部長として従軍布教にあたり、
のち中国・南洋にも兄光瑞と共に渡って教線拡大に努力。
明治43年西本願寺執行長、本願寺派護持会財団理事長を経て、
大正9年管長事務取扱に就任。同派内で兄に次ぎ重きをなす。
昭和3年貴族院議員(勅選)、12年第一次近衛内閣の拓務相。
13年北支那開発会社初代総裁に転出、また同年内閣参議となった。
高木兼二
高木兼二
医博、慈恵医大教授/父は男爵・高木兼寛
小坂順造
小坂順造
衆議院議員、電源開発総裁/
関連本
小坂順造 」(1961年)
小坂順造〈別冊〉」(1962年)
小坂善太郎
小坂善太郎
衆議院議員、外相/弟は衆議院議員、運輸相、信越化学工業社長 小坂徳三郎/
著書・関連本
議員外交四十年―私の履歴書
小坂憲次 衆議院議員、文部科学相(小泉内閣)/4代続く代議士家系/
小坂憲次オフィシャルウェブサイト
諸戸精文 諸戸林業・諸戸商会代表取締役/諸戸家は伊勢・桑名の山林王
川島令次郎 海軍中将
桑田熊蔵
桑田熊蔵
明治~昭和期の経済学者・社会政策学者、法博、中央大学教授、貴族院議員/
桑田熊蔵|近代日本人の肖像
欧洲戦後の社会運動」 (1928年)
「工場法と労働保険」
「欧州労働問題の大勢」
桑田一夫 倉吉銀行専務
河合良成
河合良成
小松製作所会長・社長、衆議院議員、厚相、日経連・経団連常務理事/
著書・関連本
私の履歴書―昭和の経営者群像〈10〉
帝人事件―三十年目の証言」 (1970年)
河合良一
河合良一
小松製作所会長・社長
町村金五
町村金五
北海道知事、衆議院議員、参議院議員、自治相、警視総監/
著書・関連本
町村信孝
町村信孝
衆議院議員、外相(小泉内閣)/
町村信孝オフィシャルホームページ
著書・関連本
保守の論理 「凛として美しい日本」をつくる
●関連人物
荻野一
(おぎのはじめ)
荻野一
1898~1981/昭和期の実業家、山陽特殊製鋼社長/
警察に入り、特高警察で活躍。昭和10年退官後、富島組に入り、19年常務。
戦後、GHQによる砲弾処理作業を請け負い、その収益金で
昭和23年、山陽製鋼(34年山陽特殊製鋼に改称)を買収、社長に就任。
同社はベアリングの軸受け専門メーカーで、朝鮮戦争を機に業態は急速に改善、技術革新時代を迎え
荻野はフランスのユージン・セジュルネ法という特殊鋼パイプの製造特許を導入する。
画期的技術といわれるだけに、設備費は高かったが、生産能力は抜群だった。
その後も業界の実需を無視した強気の設備投資を続けたが、40年設備投資の行き過ぎに、
特殊鋼市況不振が重なって経営不振が表面化、神戸、三菱、富士銀行など、
融資銀行団の再建案もまとまらず、神戸地裁に会社更生法の適用を申請した。
負債総額は約500億円で、当時、戦後最大の倒産といわれた。
この倒産で社長を辞任したが、37年以来、数期にわたる粉飾決算、
荻野個人が無利子で会社から受けていた不正な借入金などの事実が明らかにされ、
荻野ほか当時の会社役員5人、公認会計士が商法(特別背任罪など)・証券取引法違反などの疑いで
逮捕・起訴された。
一方、管財人によって荻野ら旧役員15人に対する民事の損害賠償請求も出され、
飾磨御殿と呼ばれた荻野の広壮な邸宅などが差し押さえられ、一部は売却された。
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])





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内容は基本的に書籍、新聞・雑誌等の文献、ネット上の新聞社・出版社、人物に関する公式サイト等、TV番組なども、参考に描いております。また、家系図に登場される方からの情報の場合もあります。

人物解説リンクは正式・正統な人物事典であるコトバンクにリンクを貼っています。



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