| ●高田万由子家系図 (人物解説リンク:ウィキペディア) |
| 高田慎蔵 |
1852〜1921/高祖父/高田商会創業者・社長/夫人は、たみ子/
慶応元年、佐渡奉行所に出仕し、のち佐渡県外務調査役兼通訳となる。
明治3年上京して築地の英国人ペアーの商店に入り、13年独立して商売を始める。
20年欧州の商業を視察、帰国後21年、直輸入機械販売の高田商会をおこす。
日清・日露戦争では、陸海軍の特別任務を受け、軍需品を扱い国家に貢献、大いに発展させた。 |
| 田中平八 |
1834〜84/玄祖父/実業家、相場師、東京米商会所初代頭取/「天下の糸平」/
丁稚奉公時代から商才のひらめきを見せていたが、新天地横浜で一旗揚げようと、勇躍故郷を後にする。
文久3(1863)年、四日市で茶を船積みして横浜に向かう途中難破し、全財産を失うなど、手痛い失敗を繰り返すが、慶応元(1865)年、横浜で洋銀売買・生糸売り込み・両替商の店「糸屋」を開業、生糸、為替相場で巨利をつかみ、実業家の仲間入りをする。
次いで、洋銀相場会所を設立、ドル相場の取引で成功し、財界の大物としての地位を不動のものとした。
明治5年、横浜金穀相場会所を開設、頭取に就任。
12年、兜町米商会所頭取、16年、東京米商会所初代頭取に就任。
水道・鉄道の敷設にも尽力し、学問興隆のためにも義侠心を発揮して「天下の糸平(糸屋の平八)」の異名をとった。
◆天下の糸平 |
| 田中平八(二代目) |
田中銀行頭取、田中鉱業取締役 |
| 高田釜吉 |
曽祖父/高田商会副社長を経て社長、高田鉱業社長、田中鉱業監査役/
「天下の糸平」田中平八の三男。高田慎蔵の婿養子、高田商会を継ぐ。
一人娘・愛子は明治41年生。 |
| 高田祐一 |
父/UNION・高田商会(外車輸入販売業)社長/平成16年10月、68歳で没 |
| 高田智子(さとこ) |
母/主婦/
武蔵野女子大学卒業後、23歳で11歳年上の高田祐一と結婚。
高田万由子が10歳の頃から9年間、毎年パリに短期留学した。
近年は、モデルとして雑誌に登場することもある。
◆「万由ちゃんの受験宣言」
「大人のための2週間からのプチ留学」 |
| 高田万由子 |
タレント、女優/東大卒/高田はタカタと読みタカダではない/
白百合学園高在学中の昭和62年スイスに留学。
東京大学在学中の平成3年週刊朝日の表紙を飾ったのがきっかけで、ミノルタのテレビCMに出演。
同年からフジテレビ系「平成教育委員会」に出演。以後、マルチタレントとして活躍。
他の出演作に、テレビ「歴史発見」「動物奇想天外」「料理の鉄人」「クイズ赤恥青恥」「サンデージャポン」、ドラマ「オトコの居場所」「ジューン・ブライド」「ミセス
シンデレラ」「健康DNA」「新・赤かぶ検事奮戦記」、映画「ゴト師株式会社」、舞台「こくまろな女達」など。
平成12年初のエッセイ集「サクラサク。―わたしの東大合格物語 」を出版。
フランス語が堪能な他、書道5段、華道は師範級。
11年、バイオリニストの葉加瀬太郎と結婚。
◆高田万由子 |
| 葉加瀬太郎 |
夫/ヴァイオリニスト、音楽家 |