近現代・系図ワールド
系図でみる近現代~夢・感動・人間!~

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系図でみる近現代 第45回

近現代人物のエピソード、系譜・閨閥など、系図を交えて紹介。

中島みゆき~郷誠之助 家系図 (※転載禁止)

第45回 戦前財界の大物、男爵・郷誠之助と中島武市。そして、シンガーソングライター中島みゆき (08.7.7記)

吉田拓郎&かぐや姫 つま恋コンサート2006、サプライズゲスト


2006年9月、静岡県掛川市つま恋で、1975年8月以来31年ぶりとなる、
吉田拓郎かぐや姫の野外コンサートが行われた。

伝説となったコンサート イン つま恋 1975は、真夏の盛りオールナイトで行われ、
10代・20代の若者6万人が集まり、熱気であふれかえった。
(私も観衆の中の一人であった。)


そして、今回、70年代に青春時代を過ごした、かつての若者たちが、
また、つま恋に集結した。(平均年齢49歳)

演者・聴衆ともに、お互い年輪を重ね、同窓会ムードが漂う中、
拓郎・かぐや姫が交互にステージを勤め上げていった。

そして、舞台は進行して行き、とっておきのサプライズが、
最後の第5部、吉田拓郎のステージで待っていた。

それは、“超現役” 中島みゆきの登場であった。
(1995年、拓郎のために「永遠の嘘をついてくれ」を書き下ろす)


まさに、夢・感動の、拓郎節とみゆき節の融合!!


動画 「永遠の嘘をついてくれ つま恋

Forever Young Concert in つま恋
Forever Young Concert in つま恋 [DVD]

曲・詞(「永遠の嘘をついてくれ」解説)の良さはもちろんの事、
70年代を発祥とする大御所二人の夢の共演!

新たなる伝説が、ここに誕生した。


北海道を発祥とする中島みゆきの系譜


中島みゆきは、名門・北海道帯広柏葉(はくよう)高校を出た。
後輩には、ドリームズ・カム・トゥルーの吉田美和や、
TBSアナウンサー・安住紳一郎などがいる。

女子大在学時には、教育実習のため、母校で教えた。
また、ギターを持って生徒達と歌っている。



1992年、中島みゆきは、ドラマ「親愛なる者へ」(主題歌「浅い眠り」)に、
産婦人科医院を営む女医の役で、スポット出演した。

プロデューサーとセリフの打ち合わせ時、台本を読んで、

「実際に患者を前にしたお医者さんって、
このようなきつい言い方はしないと思うんですよね。
まして、出産じゃなくて、中絶しに来た女性に対しては、このような言葉は・・・・。
女医という立場なら、セリフ一つ一つに、かなり疑問があるんです。」



それもそのはず、中島みゆきの父・中島真一郎は、
北大医学部を出た産婦人科の開業医であった。

しかし、みゆきが、ヤマハポプコンで、グランプリを受賞する前に、
脳溢血で倒れ、翌昭和51(1976)年に、51歳で帰らぬ人となり、
その後の娘の活躍をこの世で知る事はなかった。

開業医ではあったが、その日の診察料で食べるような生活であり、
亡くなった時には、家に10万円のお金もなかったという。


そして、その父、すなわち、中島みゆきの祖父にあたるのが、
徒手空拳で、北海道に渡り、裸一貫からスタート、
北海道・帯広の政財界の実力者となった中島武市であった。

中島武市
中島武市




北海道・帯広の名士・実力者中島武市


北海道十勝・帯広開拓の先覚者に依田勉三という人物がいた。
新しい風~若き日の依田勉三~」(北村一輝主演/2004年)という映画にもなっているが、
この依田勉三の功績を称え、
昭和16年、帯広に銅像を建設したのが、中島武市であった。(昭和26年再建)
施設・敷地一切は、帯広市に寄贈され、市長の命名で、中島公園とされた。
中島武市は小学校時代、 母の遠縁にあたる福田倉次郎校長より、 「世の中に出たら、死んで名を残すような仕事をしなけりゃいかん。
人は一代、名は末代じゃ、金はきたなく貯めても、社会公共のため、
きれいに投資する事を忘れるな。」


と説いて聞かされた。
後年、帯広・十勝をはじめ郷里(岐阜)に多額の寄附をしたのは、
この校長の薫陶によるものであった。


中島武市(1896年生)の従兄には、
戦前、財界の大物としてならした郷誠之助(1865年生)がいる。

すなわち、母・志乃の兄にあたるのが、松方正義蔵相の下、大蔵事務次官を務め、
国家財政の重責に任じた功労で男爵を授けられた郷純造であった。
そして、その息子が男爵を継いだ郷誠之助であった。


武市は、若かりし頃、その従兄である郷誠之助を頼って上京した。
しかし、

「わしに志乃という叔母のある事は聞いているが、武市という従弟がいる事は知らない。
あまり心易そうに名乗って来られても困る。立派に独立してから顔を出すがよい」


と剣もホロロに玄関から追い返された。武市の血は逆流した。

その後、ひと旗あげようと、新天地・北海道に渡り、
苦心の末、着々と商売を繁盛させて行き、昭和11年帯広商工会議員に当選。
13年には、帯広商工会議所副会頭(初代)となり、のち、会頭になった(21年)。

かねてより、宿願だった郷誠之助の邸宅を訪れると、

「えらい、えらい、これからは、親類づき合いしよう」

と、互角の体面を成し遂げ、思い切り溜飲を下げたのであった。



戦後、国政選挙に打って出、昭和21年衆議院、22年参議院、
24年衆議院選挙に出馬したが、三戦三敗の結果となった。

経済人としての本領に立ち返り、帯広商工会議所会頭、
北海道商工会議所連合会副会長の要職を兼ね、
通産局帯広北見酒精工場の民間払下げや、北海道車輌酸素創設、
北海道銀行、北海道相互銀行などの金融機関創設に発起人となり、のちの盛業の端緒をつくった。

国鉄自動車協力会全国連合会会長だった27年には、
翌年の参議院選挙全国区からの出馬を依頼されたが、
その好意は謝しつつも、出馬の意志がないことを明らかにした。

昭和38年には、市議会議長になり、中島武市は、
まさに北海道・帯広政財界の実力者として活躍した存在であった。



財界世話人 男爵・郷誠之助


郷誠之助は、明治末から大正末まで、東京証券取引所理事長を務め、
また、昭和初期には、日本商工会議所会頭・東京商工会議所会頭などを務めた。

財界から渋沢栄一が引退、和田豊治も亡くなり、井上準之助が政界に進出したのち、
“財界世話業”を中心となり背負ったのが、郷誠之助であった。


財界の大御所として、渋沢栄一と比較されるが、
渋沢は文字通り、財界の世話役として「仁」で人々を惹きつけたのに対し、
郷は頼まれれば否とは言わず、火の中、水の中に飛び込む「侠」の人であった。


郷誠之助は現在の岐阜市黒野に生まれた。
郷家は代々、その地で栄えた豪農であったが、父・郷純造は若くして江戸に行き、
武家奉公をし、武士の権利を取得、幕府の高官にまで出世した。
幕府崩壊後は、明治新政府に仕官して、大蔵次官、貴族院議員、男爵という
出世街道を驀進した努力家であった。


郷誠之助は、その次男にあたる。
しかし、正妻の子ではなく、郷家に仕えた女中の子であった。
後年、出生の秘密を知り、父・純造に反発、若い頃、極道の限りを尽くすが、
誠之助の性格形成には、純造の存在が大きく影響した。


実業界に入ると、経営難の運輸会社の再建に成功、手腕が認められ、
それを皮切りに、数々の企業再建に腕を振るった。

入山炭鉱(のちの常磐炭鉱)の再建では、赤字会社を一割配当の優良会社に変えた功績で、
三十万円(今日の十数億円)の退職手当が贈られることになった。
しかし、半分を従業員に、残りを協力者に二万円ずつと、
外部から応援してくれた目上の人たちに記念品を配り、自身は一銭も手にしなかった。


郷誠之助を中心とした財界人グループ番町会は、
昭和9年の帝人事件で、一躍脚光を浴びるが、
この番町会自体は、郷の人柄に惹かれて、
河合良成・永野護・伊藤忠兵衛・渋沢正雄・正力松太郎・
宮嶋清次郎・根津嘉一郎・小林中・三土忠造ら、
少壮気鋭の財界人や若手官僚が、自然発生的に集合したものであった。


終生独身で、昭和17年、78歳で亡くなり、
葬儀には、同じく財界の大物・池田成彬を委員長として、
首相・東条英機、商工相・岸信介、平沼騏一郎、藤原銀次郎など、
政財界の重鎮千五百余名が参列した。


“超現役”中島みゆき


’75年つま恋コンサートが行われた二ヵ月後の10月に、
同場所、ヤマハポピュラーソングコンテストで、
時代」を唄いグランプリに輝いたのが、中島みゆきであった。


そして、現在まで、オリコンのシングルヒットチャートで、
70年代・80年代・90年代・2000年代にわたり、
各10年単位の年代で、1位に輝いた曲を持つのは、
唯一、中島みゆき一人だけである。


2000年代に入っても活躍を続け、
ドラマ等、テレビ番組とのタイアップも多く、

地上の星」・「ヘッドライト・テールライト」(NHK「プロジェクトX~挑戦者たち~」)、
銀の龍の背に乗って」(「Dr.コトー診療所」)、
帰れない者たちへ」(「松本清張 けものみち」)を自身で唄った。

また、「宙船(そらふね)」(「マイボス マイヒーロー」)や、
本日、未熟者」(「受験の神様」)をTOKIOに提供した。

2002年には、黒部発電所より、「地上の星」を紅白歌合戦で歌った。

2008年6月末より、富士フィルムの化粧品CMで松田聖子と共演している。
何とも、良い笑顔で、ユーモラスなCMである。


なお、中島武市と郷誠之助の関係は、帯広市図書館蔵
「中島武市氏の略伝」(『拓聖 依田勉三傳』萩原実/監修、田所武/編著、拓聖依田勉三伝刊行会)
『中島武市』井浦徹人/著、藤丸百貨店書籍部
を参考にした。

ただ、疑問点も残る。
中島武市は、1896(明治29)年生まれであり、
伯父・郷純造が1825年生まれ、従兄・郷誠之助が1865年生まれである。
すると、“郷純造の妹”であった中島武市の母・志乃は、何年に生まれ、いくつで武市を生んだのか?
また、志乃は、中島武市の実父・大垣藩士臼井忠義の後、2度再婚しているようである。

ちなみに、郷純造の父・郷政方(清三郎)は、「平成新修旧華族家系大成 (上巻)」などによると、
安永8(1779)年~嘉永3(1850)年であり、
母・かねは、寛政2(1790)年~明治4(1871)年である。
異母兄妹、異父兄妹の線も薄いように思われる。

真実はいかに!?

まあ、そんな事はともかく、
中島みゆきさん、これからも益々、良い歌を聞かせてください!


そして、ついでに、お祖父さんのことも、お聞かせください・・・

上記疑問に関して

♪たねあかしをしてくれ~♪


そらのる

●郷・中島家系図
臼井忠義 中島武市の実父/大垣藩士
中島源吉 中島武市の養父/米穀店を営むかたわら小作百姓をしていたが、武市が12歳の時、没
中島武市
帯広ガス、中島商事、日本劇場、帯広劇場各社長、ほくさん顧問、
日本国有鉄道自動車協力会名誉会長、帯広商工会議所会頭、帯広市議(議長)
中島真一郎 産婦人科医(開業医)
中島みゆき
中島みゆき
シンガーソングライター/本名・中島美雪/
昭和50年「時代」で第10回ヤマハポピュラーソングコンテスト・グランプリ、
第6回世界歌謡際グランプリを獲得してデビュー。
「アザミ嬢のララバイ」「わかれうた」「悪女」「かなしみ笑い」「うらみ・ます」「浅い眠り」
「空と君のあいだに」「旅人のうた」などのヒット曲があり、“失恋歌の女王”の異名を持つ。
松任谷由美と並ぶニューミュージックの女王。
平成元年から10年間渋谷・シアター・コクーンでコンサートと舞台演劇を合体させた“夜会”を開催。
8年ベストアルバム「大吟醸」をリリース。
同年デビューからの全317曲を収録したCD-ROM「なみろむ」を発表。
13年シングル「地上の星」がNHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX挑戦者たち」のテーマ曲となりヒット。
14年同曲がオリコンの連続チャートインの日本記録を樹立。
同年デビュー27年目にして初めてNHK「紅白歌合戦」出場を果たす。
15年1月「地上の星」が12年7月の発売から130週目にして初のオリコンチャート1位を獲得し、
5月には148週チャートインの日本記録を達成。
他のアルバムに「親愛なるものへ」「生きていてもいいですか」「グッバイガール」
「歌でしか言えない」「パラダイス・カフェ」「日―WINGS」「月―WINGS」など。
13年初のミステリー恋愛小説「Z/Z」を刊行。
他の著書に「愛が好きです」「女歌」「問う女」「中島みゆき全歌集」「ウィンター・ガーデン」などがある。
10年12月文部省国語審議会委員に抜擢された。
中島みゆき CD
中島みゆき DVD
中島みゆき 本
郷純造
郷純造
1825~1910/大蔵官僚/男爵/
1844(弘化1)年、江戸に出て旗本用人の若党となり、累進して1868(明治1)年には工兵差閲役頭取となる。
同年明治政府の会計局組頭となり、以後大蔵省にあって、明治7年大蔵大丞、14年国債局長、17年主税局長。
19年、松方正義の側近として、貨幣制度を始めとする財政金融制度の創設に力をふるい、初代大蔵次官となった。
21年退官。24年貴族院議員。
郷誠之助
郷誠之助
1865~1942/日本経済連盟会会長、日本商工会議所会頭、貴族院議員/男爵/
東大入学の翌年、明治17年ドイツのハイデルベルク大学に留学、
7年間にわたって、ヘーゲル、スペンサー、ミルなどを研究した。
23年帰国後、25年伊藤博文首相に産業統計に関する意見を具申し、農商務省の嘱託となる。
まもなく、陸奥宗光農商務相が辞任したため、嘱託を辞任。
28年日本運送社長となり、その再建を果たす。
その後、日本メリヤス取締役、日本鉛管社長、入山採炭社長、王子製紙取締役を歴任し、いずれも再建に成功。
特に入山採炭(のちの常磐炭鉱)の経営成功によって、その手腕を広く財界に知られるようになり、
続く王子製紙の整理でも新聞用紙を国産化する事に成功した。
43年日本醤油醸造経営には失敗したが、44年東京株式取引所の理事長に就任。
大正2年東京商業会議所特別議員、6年日本工業倶楽部の創立に参画し専務理事となった。
43年、貴族院議員になったが、直接政治に関わろうとせず、第2次山本内閣、清浦内閣への入閣要請を断った。
しかし、大正7年軍需委員会委員、8年臨時財政経済調査会委員などを引き受けた。
11年日本経済連盟会常務理事、昭和5年日本商工会議所会頭。
昭和に入っても、各会社整理に関わったが、特に、東京電燈の整理を中心とする電力問題に奔走した。
晩年は、内閣参議、大蔵省顧問のほか、
日本経済連盟・全国産業団体連合会・日本貿易振興会・日満実業協会の各会長を兼任。
数多くの経済政策に関する建議を行い、戦前日本の財界指導者として活躍した。
また、財界の集まり番町会の親分的リーダーであった。
父の死後、男爵を襲爵、明治44年から終生、貴族院議員を務めた。
郷誠之助
財界の政治経済史―井上準之助・郷誠之助・池田成彬の時代」松浦正孝
極道」小島直記
岩崎弥太郎
岩崎弥太郎
三菱財閥創始者
岩崎豊弥 郷純造四男、幼名・昌作/岩崎弥太郎の養子となる/
娘婿は昭和天皇侍従長・入江相政
郷朔雄 七尾セメント取締役/郷純造九男/郷誠之助のあと男爵を継ぐ
川崎八右衛門(二代目) 川崎銀行頭取、日本火災会長、川崎定徳会会長/初代八右衛門三男・川崎金三郎/
妻・幸子(こうこ)は郷誠之助の妹/
大正8年、二代目川崎八右衛門を襲名
川崎財閥(※造船の川崎とは別/「川崎定徳」)
●関連人物
依田勉三
依田勉三
1853~1925/明治・大正期の北海道開拓者/
伊豆国那賀国大沢村(現・静岡県賀茂郡松崎町)で、豪農善右衛門の3男に生まれた。
安政6(1859)年、叔父で教育家の土屋三餘に入門、人間平等や国家のために働く魂の教育を受けた。
横浜で英語を修めた後、慶応義塾で学ぶ(中退)。明治12年、従妹リクと結婚。
そのころ、「ケプロン報文」を読み開拓の志を建てた。
14年、北海道を踏査、翌15年1月、親族の出資で晩成社移民団を結成した。
同年夏、再び北海道に渡り、十勝国下帯広村(現・帯広市)を開墾予定地に決めた。
開けて16年4月10日、13戸27人が横浜から船で出発した。
苦しい旅で、目的地に全員が揃ったのは31日目であった。
帯広・十勝に移住したものの、開墾の労苦はさらに厳しくバッタの襲来、冷害、洪水など苦闘の連続であった。
しかし、それに屈することなく農畜産物以外の新しい事業も手がけた。
40余年間、人間愛に満ちた開拓事業を行い、そのほとんどは、失敗に終わったが、
それらは、十勝における諸産業の源流ともなった。
晩成社は勉三の死後6年にして解散。
戦後、北海道開拓神社に“農聖”“拓聖”として追加合祀された。
兄・依田佐二平は、明治23年第1回衆議院議員選挙に静岡7区より当選した。
依田勉三
依田勉三の生涯」松山善三
DVD
新しい風~若き日の依田勉三~
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク"/amazon[名前で検索])





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●参考文献
「拓聖 依田勉三傳」
「中島武市」井浦徹人
日本のリーダー〈8〉財界革新の指導者」TBSブリタニカ
「日本の創造力 8」
財界の政治経済史―井上準之助・郷誠之助・池田成彬の時代」松浦正孝
男爵郷誠之助君伝
20世紀 日本の経済人」日本経済新聞社/編
魔女伝説 中島みゆき」こすぎじゅんいち
愛が好きです〈2〉」中島みゆき

●参考文献関連図書館
帯広市図書館

●オリコン情報
ニシオオトリさま