近現代・系図ワールド
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系図でみる近現代 第53回

近現代人物のエピソード、系譜・閨閥など、系図を交えて紹介。

出川哲朗 家系図 (※転載禁止)

第53回 お笑い芸人・出川哲朗、出川家“名家伝説”の全貌が今明らかに!?「老舗・海苔問屋」そして、財界大御所「鉄」の家系! (14.3.17記)

出川哲朗出川家の系図が、2012年12月放送のNHK「ファミリーヒストリー」、次いで、
2014年2月放送のTBS「さんまのスーパー からくりTV」で明らかになった。


出川哲朗の実家は横浜で120年続く老舗・海苔問屋「蔦金商店」


江戸時代、出川一族は、現在の神奈川県川崎市渡田付近の新田開発に携わった有力な一族であった。
そのうちの一軒が、出川哲朗の曽祖父・出川金蔵の家であったと言われる。

明治27(1894)年、金蔵は横浜に海苔問屋「蔦金(つたきん)商店」を創業。
横浜一の海苔問屋を目指し奮闘、しかし、店が軌道に乗り出した矢先、脳梗塞で倒れた(享年58)。


店を継いだのは、17歳の長男・政雄(哲朗祖父)であった。
10年後、近所の鰹節問屋の娘・普美子と結婚。共に懸命に働き、確実に売上げを伸ばしていった。

戦時中、横浜大空襲により、店が消失するという困難をも乗り越え、戦後、店を再開、軌道に乗せた。


家業を手伝い始めていた長男・誠一郎(哲朗父)が、昭和33(1958)年、
宮城県塩釜の海苔問屋の娘・石井泰子(哲朗母)と結婚。
店は泰子がいないと回らないと、言われるぐらいになっていった.

誠一郎の結婚から3年後、父・政雄は亡くなった。(享年56)
ちなみに、普美子さん(哲朗祖母)は、現在も健在で、101歳の長寿。
出川哲朗が、「抱かれたくない男」No.1から、
「友達になりたい芸能人」No.1になったと報告すると、半信半疑、喜んでおられた。


28歳で後を継いだ誠一郎の時代になると、機械化が進展、飛躍的に海苔の生産量が伸びた。
また、1970年代に入り、海苔は贈答品として人気を集め、店も順風満帆となった。
時代の流れに乗った誠一郎は、経営の多角化に乗り出したのであった。

しかし、持ち前の気前の良さがたたり、また、家を空けての放蕩や小豆相場の失敗により、
「蔦金商店」は、倒産寸前の状態に陥ってしまった。

銀行から融資を受け何とか持ち応えるに至るが、
銀行融資の条件は、誠一郎の社長解任であった。


その後、父・誠一郎は58歳で亡くなるが、葬儀の時、家族を驚かせる事態があった。
予想をはるかに上回る千人以上の参列者が訪れたのである。
家庭を顧みず、家族からは恨まれたが、誠一郎の人柄が、他人から愛された所以であった。


平成23(2011)年、母・泰子も他界、76歳であった。
誠一郎と結婚後、「蔦金商店」と共に生き、店を守り続けた芯の強い母であったが、
出川哲朗の姉・峰子の前では、涙を見せる事もあったという。


現在、「つた金海苔店」は哲朗の兄・雄一郎が社長を務める。
出川哲朗も、叔父とともに取締役に名を連ねているが、
仕事がオフの時は、ワニやライオンが出てこない安全な現場で、
助っ人として、店頭販売に一役買っている。


母方実家・宮城県塩釜の海苔問屋・石井商店


母・泰子の祖母に当たるくんが、宮城で海苔の養殖・生産が、本格化し出している事に、
いち早く目をつけて、海苔問屋を創業した。(参照:上記・出川哲朗系図

若かりし頃の父・誠一郎は、海苔の仕入先を開拓するために、塩釜を訪れていた。
そこで、見初めたのが、海苔問屋の娘、のちに出川哲朗の母となる泰子であった。

昭和10(1935)年、石井家の二女として生まれた泰子は、4歳の時、父・を亡くした。
泰子は、石井家の大黒柱となった祖母・くんに、厳しく躾けられて育った。



「三鬼家三代」、三鬼鑑太郎・三鬼隆・三鬼彰


亡くなった泰子の父・石井誠は、実は婿養子であった。
元々の名、旧姓を「三鬼(みき)」と言った。

誠は、三鬼鑑太郎の五男四女の三男に生まれた。


三鬼鑑太郎、岩手軽便鉄道(JR東日本釜石線の前身)社長や、衆議院議員を務めた人物。
ちなみに、岩手軽便鉄道は、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」のモチーフとなったと言われている。
昭和11(1936)年、72歳の時、政友会の領袖・内田信也の勧めで衆議院選挙に立候補、当選(1期)。

鑑太郎は、すなわち、出川哲朗の母方・曽祖父に当たる人物なのであった。


そして、鑑太郎の二男(長男は夭折・事実上の長男)が、三鬼隆
出川哲朗の大伯父に当たるが、
戦後、日本製鉄、八幡製鉄の社長を務めた財界の重鎮。
しかし、昭和27(1952)年4月、日航機もく星号墜落事故で遭難死した。

その長男が三鬼彰。新日本製鉄会長、および日経連副会長を務めた財界の大物であった。

三鬼家直系人物は、「鉄道」・「鉄」・「鉄」と三代続く、「鉄の家系」であった。


(ほか、三鬼家関連人物


出川哲朗・母方縁戚に昭和の大女優・原節子!?


新潮45 2011年 03月号(表紙:原節子) [雑誌]


母方・石井家によれば、上記・出川哲朗系図
石井佐助(哲朗曽祖父)の弟、精造の妻・石井緑園は、女優・原節子の姉であったという。

石井緑園は、華道の草月流を仙台に広めた人物であった。

「さんまのスーパー からくりTV」では、草月流本部を訪ねたものの、
結局、原節子の姉かどうかの結論は、出ず仕舞いであった。


原節子関連系図

過ぎし愛のとき」早瀬圭一/著によれば、
原節子は、二男五女の末っ子に生まれた。
上から、長女・喜久、二女・光代、三女・喜代子、四女・律子、五女・昌江(原節子)。
四人の姉のうち次姉・光代は、映画監督・熊谷久虎に嫁いだ。

あと3人、姉がいたわけである。
「緑園」は雅号であろうから、本名が解れば、ほぼ確定であろう。

他に、こんな写真もある。


前列・三鬼隆、後列左から二人目・原節子、一人おいて俳優・藤田進
昭和18年映画「熱風」撮影時記念写真
昭和18年映画「熱風」撮影時記念写真(「三鬼隆回想録」より)


すなわち、上記、母方親戚・三鬼隆と、原節子は面識があった。

果たして、「石井緑園」=「原節子姉」説の真相は??



リアクション芸人・出川哲朗


在りし日の、 出川哲朗の父・誠一郎の元には、中曽根総理からも年賀状が届いていたという。
また、伯母(父の姉)・和子さんは、上品な奥様という感じであるが、
実際、横浜で会社を経営する社長夫人であろう。

財界大物や、大女優につながる?華麗なるリアクション芸人・出川哲朗。
「哲の家系」、今後やいかに!?


そらのる

●出川哲朗家系図
三鬼鑑太郎
(みき かんたろう)
三鬼鑑太郎
1866~1943/衆議院議員、岩手軽便鉄道社長、花巻温泉取締役/
福島県士族・三鬼莞長男。福島県出身/
岩手県第二区選出 昭和会 当選1回(第19回総選挙)/
明治法律学校(現・明治大学)明治21年卒/
『岩手県庁に入り、課長、のち下閉伊群長、和賀群長を歴任。
その後、岩手軽便鉄道に移り専務を経て、社長に就任。
花巻-釜石間の直結、国鉄編入に尽力した。
また岩手中央薪炭業組合長、岩手木材業組合長、県木炭移出同業組合副組長、
全国地方鉄道同志会監事、花巻温泉取締役なども務めた。昭和11年岩手2区から衆院議員に当選1回。
(「20世紀日本人名事典」日外アソシエーツ)より』
以下、「三鬼隆回想録」(昭和27年)、「人事興信録」等を参照。
妻・きよ(旧姓・楠)は生粋の江戸っ子で、男まさりの人だった。夫婦の間に五男四女をもうける。
長男は生後間もなく夭折。二男が隆。長女・きみ子の夫は医学博士・歌人の岡山巌(東京)。
三男・誠(明治33生)は宮城県塩釜市の石井海苔問屋の養嗣子となる。
(岩手県人石井佐助の養子/「昭和戦前財界人名大事典 (第二巻)」)
二女・きぬの夫は越部俊一郎(和歌山/石油関係職)。
四男・実(明治39生/東大経済学部卒)は日本電気向工場購買課長(当時/のち日本電気硝子専務を務めた方であろう)
実の子息・直(ただし)氏は研磨紙を扱う会社の社長を務める。
三女・きえ子の夫は浅野金治(岩手)。
五男・勤(明治44生)は盛岡美術大学教授で、父・鑑太郎の没後、花巻にある父の家を衛る。
妻・昌子は水谷信之(愛知)二女。子息は鑑氏。
四女・きつ子は小原家に嫁す。
三鬼隆
三鬼隆
1892~1952/八幡製鉄社長、日本製鉄社長/明治25生/一男一女(養女)の父/
東京帝大法学部卒/
『大学を出てすぐ田中鉱山(のちの釜石鉱山)に入社、
昭和9年には製鉄合同後の日本製鉄に移り、15年取締役。
八幡製鉄所次長を経て、20年所長、21年5月渡辺義介前社長が追放で退任したあと社長に就任。
25年八幡製鉄と富士製鉄の二社に分割されると八幡製鉄の社長となる。
この間、日銀参与、経団連常任理事、全国鉄鋼復興会議議長、
経済復興会議副議長、日本鉄鋼連合会会長などを歴任した。
また、財界では一万田尚登、小林中、永野重雄、桜田武、諸井貫一とともにその中心勢力を形成。
特に三鬼-永野の仲は財界一といわれ、のちに八幡、富士が合併して新日本製鉄になる基礎を築いた。
経団連次期会長に嘱望されていたが、27年4月、日航機もく星号の墜落事故で遭難死した。
(「20世紀日本人名事典」日外アソシエーツ)』
以下、「三鬼隆回想録」(昭和27年)等を参照
妻・照代は名取善十郎・しゅん夫妻の二女。
善十郎は山梨県中巨摩郡源村の素封家で郡長経験もあるが、病没。照代が山梨高女卒業を機に一家で上京。
本郷に居を構えた。そして、そこの下宿人となったのが、隆であった。大学時代に結婚。
しかし、病弱だった照代は一男・彰をもうけるも、29歳で死去。その後、隆は独身を通した。
代わりに内助の功を務めたのは、照代の姉で既に未亡人となっていた井上ミね。
また、隆の一人娘・則子は釜石時代の部下・吉田孝一の娘で養女に貰い受けた。
義姉・井上ミねの夫は作家で、「唖唖」と号した井上精一(※「成一」と記載されているが「精一」が正解であろう)。
精一の父は前田侯爵家の家扶を務めた井上如苞。
精一・ミね夫妻の子息は二人(三鬼彰のいとこ)。
長男・順一は海軍大尉。妻は及川古志郎海軍大将の娘であった。
大東亜戦争末期、阿号作戦に潜水艦長として南太平洋上に出撃、アドミラルティ北方海上で壮烈な戦死を遂げた。
二男・庄二は山梨高工を卒業して、東京光音取締役(当時)。
なお東京光音の社長を務める三鬼浩氏は三鬼彰の二男であろう。
三鬼彰 新日鉄会長、日経連副会長/三鬼隆長男。妻・清子は水谷信之四女/二男一女の父/
京大法学部卒/
昭和54年常務、56年専務、58年副社長、62年副会長、平成元年会長、5年取締役相談役、6年相談役。
平成元年、日本経営協会会長、日経連副会長を兼任。
出川哲朗
出川哲朗
タレント、お笑い芸人、蔦金商店取締役/平成16年、元モデルの阿部瑠理子と結婚/
兄・雄一郎、姉・峰子(現姓・山浦)、3人きょうだい末っ子/
父方出川家曽祖父母 金蔵・ノブ、祖父母 政雄・普美子、父母 誠一郎・泰子、
伯母 和子(現姓・本荘)、叔父 修治・延男/
母方石井家曽祖父母 佐助・くん、祖父母 誠・よし、伯父 石井弘吉/
『昭和39年生。横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)(昭和60年)卒/
子どもの頃からドラマ好きで芸能界へ。「アッコにおまかせ!」「ぐるぐるナインティナイン」など
バラエティー番組に多数出演し、お茶の間の人気者になる。
またウッチャンナンチャンと結成した劇団SHA.LA.LAの公演でも活躍。
他の出演にテレビ「浅草橋ヤング洋品店」「チーム・ディズニー」「笑っていいとも」「進め!電波少年」
「所様はタコ」「中居くん温泉」「内村プロデュース」、ラジオ「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」などがある。
テレビ・タレント人名事典 第6版」より』
amazon出川哲朗
(肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク:コトバンク/amazon[名前で検索])





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参考文献
「三鬼隆回想録」三鬼隆回想録編纂委員会/編(昭和27年12月/八幡製鉄)
「昭和戦前財界人名大事典 (第二巻)」(底本:「最新 業界人事盛衰録」昭和6年)
議会制度百年史 (衆議院議員名鑑)
20世紀日本人名事典」日外アソシエーツ
日本近現代人物履歴事典」秦郁彦/編
日本の実業家―近代日本を創った経済人伝記目録」日本工業倶楽部/編
テレビ・タレント人名事典 第6版」日外アソシエーツ
人事興信録
大衆人事録


参考TV
「ファミリーヒストリー/出川哲朗~創業118年 のり問屋 初めて知る波乱の歳月~」(NHK|2012年12/10放送)
「さんまのスーパー からくりTV/仰天事実!出川一族は経済界のドン家系捜査!」(TBS|2014年2/23放送)