| ●安倍晋三家系図(安倍・岸・佐藤家・他) : [佐藤信寛(島根県令)、佐藤信彦(漢学者・県会議員)] |
| 安倍晋三 |
自民党衆議院議員/安倍晋太郎次男/
妻・安倍昭恵は第5代森永製菓社長の娘、夫妻に子供はいない/
◆著書・関連本
「安倍晋三―安倍家三代 」大下英治/著
「気骨―安倍晋三のDNA 」野上忠興/著
「安倍晋三物語 」山際澄夫/著 |
| 安倍晋太郎 |
自民党衆議院議員・幹事長、通産相・外相等を歴任/
父は、衆議院議員・安倍寛、妻・洋子は岸信介の娘/
総理総裁の座を目前に病に倒れる
◆著書・関連本
安倍洋子(妻)/著「わたしの安倍晋太郎―岸信介の娘として 」 |
| 安倍寛(かん) |
衆議院議員(日本進歩党)/晋太郎の父
昭和3年普通選挙法による初の総選挙に立候補するが落選。
肺結核とカリエスで養生中の体で、8年山口県の日置村(現・油谷町)村長となる。
農村塾を開設し、青年たちのための学ぶ場をつくり「今松陰」と呼ばれた
10年には村長のまま県議に担ぎ出され当選。
12年4月の総選挙に無所属で出馬し、日置村の98%もの票を集め、
三木武夫らとともに初当選を果たし衆議院議員。
17年4月には東条英機内閣が押し進めたいわゆる翼賛選挙が行われ、
軍閥主義に対する批判の表現として、無所属・非推薦で出たにもかかわらず当選。
昭和20年11月、273名の同士と日本進歩党を結成。21年1月、心臓麻痺で急死。 |
| 岸信介 |
首相(S32.2〜35.7)/晋三の祖父/
’20年農商務省に入り、商工官僚として頭角を現す。’36年満州国総務部次長を経て
’39年商工次官。東条内閣商工相、同省の軍需省への改組後は東条軍需相の下で
国務相・軍需次官を務めた。
戦後は、A級戦犯容疑者として服役したが不起訴となり’48年釈放。
’52年追放解除後は反吉田保守勢力の糾合に尽力、日本民主党幹事長、
保守合同後の自民党初代幹事長を務めた。
石橋湛山首相の病気辞任で首相就任、二次にわたり組閣。
日米安保条約の改正を推し進め、新安保条約の国会承認後、総辞職。
それ以後も自民党タカ派の長老として隠然たる勢力を振るった。
◆著書・関連本 |
| 佐藤栄作 |
首相(S39.11〜47.7)/晋三の大叔父
妻・寛子は、佐藤本家のいとこであり、元外相・松岡洋右の姪/
吉田茂に見込まれ、国会の議席なしに第二次吉田内閣で官房長官に大抜擢。
池田勇人とともに“吉田学校の優等生”と称された。
64年池田首相の病気引退ののち、組閣。以後7年8ヵ月にわたり政権を担当。
72年5月、沖縄返還実現を最後に退陣。
首相在任中の「非核三原則」などで74年ノーベル平和賞受賞。
◆著書・関連本 (※関連のないものも表示)
◆佐藤寛子(妻)/著「佐藤寛子の宰相夫人秘録」 |
| 大島義昌 |
陸軍大将/子爵/
日清戦争に陸軍少将、歩兵第九旅団長として従軍、偉勲をたて男爵、
日露戦争では、第三師団長として出征、奉天大会戦で武勲を立て、子爵、陸軍大将。 |
| 本堂恒次郎 |
陸軍軍医監/妻の妹・二三子の夫は外交官・長岡春一 |
| 西村正雄 |
安倍晋太郎の異父弟、みずほホールディングス会長 |
| 吉田茂 |
首相(S21.5〜22.5、23.10〜29.12)/
長女・桜子の夫が、外交官・吉田寛(岸・佐藤兄弟の従兄弟、早世)
◆著書・関連本 |
| 牛尾治朗 |
ウシオ電機会長、経済同友会代表幹事/娘が安倍晋三の兄・寛信(三菱商事)の妻
◆著書・関連本 |
| ●森永・松崎家:森永製菓は明治32年創業以来、同族経営で森永・松崎両家がほぼ交互に社長を務める |
| 森永太一郎 |
森永製菓創業者・初代社長
◆「菓商―小説 森永太一郎 」若山三郎/著 |
| 森永太平 |
第3代森永製菓社長 |
| 森永剛太 |
第6代森永製菓社長 |
| 松崎半三郎 |
第2代森永製菓社長 |
| 松崎一雄 |
森永製菓相談役 |
| 松崎昭雄 |
第5代森永製菓社長 |
| 池部良 |
俳優/妻は松崎一雄の妹、父は画家・池部釣(ひとし)
◆著書 |