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系図でみる近現代 第8回

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第8回 徳川第18代将軍!?徳川恒孝(02.12.31記)


平成15年、すなわち2003年は、徳川家康が1603年に
江戸幕府を開いてから、ちょうど400年にあたります。

家康を初代とする徳川宗家(そうけ)は、現在で第18代を数え、その当主は平成14年6月、
日本郵船の副社長を辞任し、顧問に退いた徳川恒孝(つねなり)氏。
お顔も家康公によく似ているとの評判。

その第18代当主の事が10月半ばの日経新聞夕刊「人間発見」、
そして11月末のTV東京系「テレビ・人間発見」で紹介されていました。


恒孝氏は1963年、20代前半で当主に就任したものの、
サラリーマン生活で仕事が忙しく、
蔵の中の国民的遺産である“お宝”は全く手付かずの状態。
現在、その整理と徳川記念財団設立に向け、東奔西走の日々。



系図に関しては、さすが、徳川宗家。
天皇家をはじめとする歴史的有力家のオンパレード!





徳川宗家・他
徳川慶喜 第15代将軍 ご存知“最後の将軍”大政奉還により閉居、養嗣子を迎える。
明治35年、遅れる事18年、徳川宗家別家をたてて公爵を授けられる。
父は御三家、水戸家9代徳川斉昭、母はその正室有栖川宮家の吉子女王
(徳川家と天皇家、双方の血を継ぐ)
著書・関連本
徳川家達
(いえさと)
第16代 徳川御三卿、田安家より養子に入り、宗家を継ぐ。
明治36年より昭和8年まで貴族院議長、首相候補にも上る。公爵
徳川家正 第17代 外交官・昭和21年最後の貴族院議長に就任/
長男家英が夭折し、長女豊子の次男恒孝を養子に迎える/公爵
◆「花葵―徳川邸おもいで話」保科順子(徳川家正三女)/著
徳川恒孝 第18代 妻は明治維新後の外交交渉に尽力した寺島宗則外務卿(伯爵)のひ孫
妻のいとこに細川護熙(元首相)。
長男・徳川家広は翻訳家。
◆「江戸の遺伝子―いまこそ見直されるべき日本人の知恵
近衞忠熙
(ただひろ)
近衞家26代 関白/息子篤麿が公爵を授けられる、孫に文麿、玄孫に細川護熙
孫娘・泰子(ひろこ)が徳川家達夫人(公家と武家最高峰同士の合体)
近衞忠房 27代 左大臣/忠熙長男
近衞篤麿 28代 公爵/忠熙九男/長兄忠房のあとをうけて家督を継ぐ
関連本
島津忠義 薩摩藩
最後の藩主
島津家29代/父が島津久光/
公爵/娘が徳川家正夫人
細川護立
(もりたつ)
肥後熊本藩主家 侯爵
会津松平家・他
会津松平家は3代将軍徳川家光の異母弟・保科正之を祖とする。3代より松平姓を名乗る。
松平容保
(かたもり)
会津藩
最後の藩主
京都守護職、傘下に新撰組/佐幕派奥羽越列藩同盟の中心
関連本
松平恒雄 会津松平家分家 駐英・駐米大使、宮内大臣(S11〜20)、戦後初代の参議院議長/
容保の四男/長女勢津子が、秩父宮妃に
(多くの会津人たちは「これで朝敵の汚名が晴れる・・」と感涙にむせぶ)
松平一郎 会津松平家分家 東京銀行会長,/妻・豊子は徳川宗家17代家正の娘
次男恒孝が徳川宗家18代を継ぐ。
鍋島直大 肥前佐賀藩
最後の藩主
侯爵/娘が松平恒雄夫人
秩父宮雍仁
(やすひと)
大正天皇第二皇子、昭和天皇の次弟/陸軍少将
大正11年、成年にともない一家を創立し、秩父宮の宮号を受ける。
陸軍士官学校本科卒業後、14年英国に留学。
S3年結婚。6年陸軍大学卒業後は、
歩兵第三連隊・歩兵三一連隊・参謀本部等に務めた
9年満州国皇帝即位慶賀のため派遣され、
12年には英国王の戴冠式のため渡欧。
スポーツ振興にも尽くした。S28年薨去。
関連本
「秩父宮―昭和天皇弟宮の生涯」保阪正康/著
◆秩父宮妃勢津子/著「銀のボンボニエール―親王の妃として




皇太子ご夫妻に平成13年12月1日に誕生した女児・敬宮(としのみや)愛子さまの文運と健康を祈り、
その六日後の12月7日に「浴湯(よくとう)の儀」が行われました。

平安時代の古装束をまとい、旧大名家が行うことが慣例となっている鳴弦役を務めたのが
この徳川恒孝氏と加賀前田家18代当主前田利祐(としやす)氏(宮内庁委嘱掌典)。


実は、このお二人、日本郵船の本社で一時期、机を並べた先輩後輩の間柄で、
当時のある上司は、

「徳川と前田の当主を使うのは豊臣秀吉以来、おれが初めてだ」と、
「徳川」「前田」と大声で呼んではご満悦だったらしい。

この気持ちよ〜くわかりますよね。


海外でも「ショーグン」とすぐ名前を覚えてもらえ仕事でも助かった。
しかし、中にはトンチンカンな質問も。
「今でも人を斬っているのか」「妻は10人程いるのか」「ニンジャか」と。

また、何かヘマをしたりすると、「バカ殿」・・・。
将軍家当主としての利点が七割、不利が三割。


財団設立の目的は、美術品・歴史資料の保存だけでなく、
「今こそ近世史から多くを学び世界史的観点から分析し、21世紀の文化、文明構築を」
という気宇壮大な願いも託されている。


2003年は、400年記念イベント等で、徳川恒孝氏も話題に上る事が多くなるのではないでしょうか。






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追記(03.4.8):文化庁、コ川記念財団設立を認可(日経新聞2003年4月6日の記事より)

相続税などで遺産が散逸するのを恐れたコ川宗家第18代当主、コ川恒孝氏が
歴史的、文化的遺産を保護、伝承するために財団設立を申請していた。
徳川宗家には家康をはじめ歴代の将軍などが愛用した絵画、掛け軸、陶磁器など約二万点が保存されている。
財団理事長には恒孝氏が就任。記念館などのハコモノは作らず、各地の博物館などから
展示の依頼があれば貸し出すなどの方法で運営する。

今年は江戸幕府開幕四百年に当たることから、5/24〜7/6に愛知県の岡崎市美術博物館で、
7/19〜8/31に東京の江戸東京博物館(江戸開府400年事業)などで記念展示会を開く。





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