| ●津軽家(陸奥弘前) etc. | |
| 津軽順承(ゆきつぐ) |
第11代/三河吉田・松平家(明治以降は大河内家を名乗る)出身/ 当初支藩・陸奥黒石藩に順徳(ゆきのり)として養子入り。その後、本家を継ぐ |
| 津軽承昭(つぐあきら) |
第12代/肥後熊本藩主細川斉護の四男、婿養子に入る 後妻に近衞家より尹子(ただこ)を迎える/陸奥弘前藩最後の藩主/伯爵/ 戊辰戦争では当初、奥羽越列藩同盟に加わるも近衞家の奔走により 官軍方となり、奥州触頭(ふれがしら)に任ぜられ新政府軍として活躍 |
| 津軽英麿(ふさまろ) |
第13代/近衞忠房次男、養子入り/伯爵 |
| 津軽義孝 |
第14代/尾張徳川家分家より養子入り、母・寛子(のりこ)は承昭の娘、 妻は長門長府藩主家・毛利元雄(もとかつ)子爵の長女/ 元日本中央競馬界名誉顧問・(財)馬事文化財団理事長/伯爵/ |
| 徳川義恕(よしくみ) |
尾張徳川家分家/元侍従/男爵/次男・義孝が津軽家へ |
| 徳川義寛 |
尾張徳川家分家、義恕長男/S11年より侍従、侍従次長を経てS60年、 入江相政侍従長の没後、侍従長に就任、3年務める/男爵/ 終戦直前、戦争終結に反対する反乱兵士から、顔を殴られながらも 体を張って「玉音放送」の録音盤を守り抜く。 映画「日本の一番長い日」 |
| 西田幾多郎 |
哲学者、元京都大学教授/西田哲学、「善の研究」/ 京都市左京区にある「哲学の道」は、西田幾多郎が思索にふけり よく散策した事から命名されたといわれる。 三女静子は洋画家。長女弥生は上田操(大審院判事)に、 六女梅子は哲学者金子武蔵(東大教授/鈴木商店大番頭・金子直吉次男)に嫁す。 |
| 西田外彦 | 甲南高校教授/西田幾多郎次男 |
| 西田幾久彦 | (財)日本ゴルフ協会理事、元東京銀行常務/西田幾多郎の孫、妻は津軽家の長女 |
| 山田三郎太 |
凸版印刷社長 |
| 山田英夫 | 凸版印刷常務/妻は津軽家の次女、娘婿に中内正 |
| 中内正 | 福岡ダイエーホークスオーナー/ダイエーファウンダー中内功次男 |
| 常陸宮正仁 |
昭和天皇第ニ皇男子/(財)癌研究会名誉総裁 etc. |
| 常陸宮妃華子 |
津軽義孝四女/(社)日本動物福祉協会名誉総裁 etc. |
| ●近衞家 (参照:第6回 第8回 第9回 第10回 第14回) | |
| (肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク: |
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| ●津軽家(陸奥弘前)分家 | |
| 津軽楢麿 | 津軽承昭次男/分家して男爵 |
| 津軽行雅 | 肥後宇土藩主・細川行眞の四男で養子入り/妻は承昭の長女/男爵 |
| ●細川家 | |
| 細川行眞(ゆきざね) | 肥後宇土(うと)藩最後の藩主/子爵/ 肥後宇土藩は熊本藩の支藩であり、細川忠興四男・立孝の子・行孝が初代 |
| 細川斉護(なりもり) |
肥後熊本細川家第10代(忠興の三男・忠利が初代)/ 当初、細川立政(たつまさ)として、肥後宇土藩主、 のち、本家・肥後熊本藩を継承し、斉護に |
| 細川韶邦(よしくに) |
第11代/肥後熊本藩最後の藩主/ 戊辰戦争で軍功をあげる |
| 細川護久 |
第12代/元侍従・海軍少将/侯爵/ |
| 細川護成(もりしげ) |
第13代/元済生会評議員/侯爵 |
| 細川護立 |
第14代/元国宝保存会会長/侯爵 |
| 細川護貞 |
第15代/元近衞首相秘書官、永青文庫理事長/侯爵/ 先妻は近衞文麿の次女、ロマンスは細川家のテニスコートから/ S19年には、東条内閣打倒に奔走したり、ポツダム宣言受諾に際しても、 無条件受諾を熱心に説いて回るリベラルぶりを発揮した。 「細川日記」 永青文庫は、細川家所蔵の武具、絵画、調度品、茶道具、能道具や文書等のコレクション。 「細川家十七代目―私の履歴書」 |
| 細川護熙(もりひろ) |
第16代[細川幽斎(藤孝)からは18代]/元首相・熊本県知事/ 朝日新聞記者を経て政界入りし、参議院議員(自民党)・熊本県知事など歴任。 H4年日本新党を結成。H5年7月の総選挙で衆議院議員に初当選、 8月、細川内閣を組閣し、長期自民党一党支配に終止符を打ち、38年ぶりに 非自民連立政権を発足させた。小選挙区制・政治腐敗防止法などを成立させたが、 翌年退陣。H10年議員辞職。 |
| ●久邇宮家・島津家(薩摩鹿児島)・池田家(備前岡山) | |
| 久邇宮朝彦 |
旧皇族/元神宮祭主/伏見宮邦家(くにいえ)親王第四男子/香淳皇后祖父 維新後、広島での幽閉はM3年10月に終わったものの謹慎期間は続き、 M5年正月に宮号を復されM8年、久邇宮と称した |
| 久邇宮邦彦 |
旧皇族/元元帥・陸軍大将/妻・俔子(ちかこ)は島津忠義公爵の七女/ 長女・良子(ながこ)が香淳皇后 |
| 島津忠義 |
薩摩鹿児島藩最後の藩主/公爵/ 父・久光とともに王政復古に主導的役割を果たす |
| 池田詮政(のりまさ) | 旧備前岡山藩主家/妻は久邇宮朝彦親王の娘/侯爵/ ■池田詮政|近代日本人の肖像 |
| 池田宣政(のぶまさ) |
旧備前岡山藩主家/妻は津軽男爵家の娘/侯爵 |
| 池田隆政 | 池田牧場経営/妻は昭和天皇第四皇女・厚子(現・天皇の姉) |
| (肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク: |
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内容は基本的に書籍、新聞・雑誌等の文献、ネット上の新聞社・出版社、人物に関する公式サイト等、TV番組なども、参考に描いております。また、家系図に登場される方からの情報の場合もあります。 人物解説リンクは正式・正統な人物事典であるコトバンクにリンクを貼っています。 |
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