■“首領”笹川良一
大方の予想通り、2003年9月20日に行われた自民党総裁選は、
小泉さんの勝利で決着しました。
最大派閥の橋本派からは、
藤井孝男元運輸相が立候補していましたが、
当初、橋本派からは、三人が名乗りをあげ、その中の一人に、
笹川堯(たかし)元科学技術担当相(群馬2区選出・66歳)の名前がありました。
言わずと知れたあの、元日本船舶振興会会長・
笹川良一の次男にあたりますが、
政治に関心のない方でも、この
笹川堯氏の名前は、新聞等で目に触れる機会が、
年に一度は、あったかと思います。
それは、高額納税者番付の国会議員部門。
今年5月に発表された2002年分では、第2位でしたが、
’99~’01年では、3年連続トップでした。
笹川尭氏には、
「日本のドンを乗り越えろ」という著書(’86年)もあり、
そこでは、庶子であった自身・三兄弟の境遇と、
父・笹川良一との関係を垣間見ることが出来ます。
“
日本の首領”、“
競艇界の首領”と言われた
笹川良一。
家庭の事はほとんど、省みる事がなかったが、
いつも「世界と国家」の事ばかり考えていたと、笹川堯氏は言います。
そして、この方ほど、毀誉褒貶の激しい方も、めずらしいのではないでしょうか。
海外での評価は、概ね高く、
人口抑制問題、天然痘やハンセン病(ライ病)の撲滅における功績により、
スイス・ジュネーブのWHO(世界保健機構)本部には、胸像が置かれています。
また、’84年、カーター元米大統領来日時には、一緒にジョギングをしたりもしました。
日本でも笹川会長が、母親を背負った
「孝子の像」というのがありますが、
日本では、元右翼、黒幕、目立ちたがり、売名家、ギャンブルのカネだから・・・・、
といった見方もされていますが、
CMで、
♪戸締り用心、火の用心♪、子供たちに囲まれてニコ顔で
「一日一善!」と叫んでいた姿は、非常に印象深かった事は確かです。
200歳まで生きると豪語していましたが、’95年に96歳で亡くなりました。
現在も競艇界においては、ファン投票によるオールスター戦
「笹川賞」に名を残し、
また笹川一族は、大いなる力を握り続けています。
笹川堯氏自身も現在、群馬県モーターボート競走会の名誉会長等を務めています。
簡単に系図を描いてみますと、
[
系図1]
■“怪物”糸山英太郎
そして、先頃行われた埼玉県知事選挙(8/31)の候補に、名前が取り沙汰され、
色気も出たようだが、結局、出馬せず、
裏方に徹する事を改めて認識した?人物が、
糸山英太郎氏(61)。
実は、糸山氏と笹川堯氏・三兄弟には、共通点があります。
それは、庶子すなわち、どちらも本妻の子では、ないという事です。
しかし、どちらも本流に踊り出ました。
糸山氏は、平成8年に衆議院議員(埼玉3区選出)を辞職、政界から引退、
そして、平成9年、ザ・イトヤマタワーを竣工し、経営・教育・投資等に力を注ぎ、
現在、
「糸山政経塾」を主宰、日本再生のため、後進の指導・育成にあたっています。
アメリカの経済雑誌
「フォーブス」2003年版によると、
世界長者番付(資産10億ドル以上)において、72位にランクされ、資産総額41億ドル(約4800億円)。
日本で、第3位にランクされます。(ちなみに1位は
佐治信忠サントリー社長)
本人の弁によると、前年(世界118位)よりランクアップしたのは、周りが資産を減らした事に尽きる。
すなわち、世界ITバブルに踊ることなく、着実な投資を行ってきた結果だといいます。
現在、糸山氏は、三菱重工業の個人筆頭株主であり、
日本航空(日本航空と日本エアシステム合併)の第3位株主でもあります。
糸山英太郎氏といえば、私のイメージでは、30年程前、
「怪物商法」という著書で
華々しく登場、ベストセラー、そして、昭和49年に政界に打って出、
参議院議員全国区より13位で最年少当選(32歳)。
しかし、一転、、ニュースは選挙違反報道一色になったという非常にハデな記憶が残っていますが・・。
岳父・
笹川了平が、逮捕されたその選挙違反に関しては、
2002年に出た糸山氏の著書
「金儲け哲学」によれば、
「そのときの私には選挙にカネを使う発想はなかった。当時は全く身に覚えのないことだった。」
と、述懐し、その選挙違反となった要因を派閥がらみの件も含めて、いくつかあげていますが。
ところで、実際には、糸山英太郎氏が当初、世にその名を知らしめたのは、
株の世界であった!
昭和46年8月から翌47年3月まで、大阪・北浜を舞台に繰り広げられた「中山製鋼所株仕手戦」。
株価は、その期間、ニクソンショック後の安値630円から、3800円にまで暴騰した。
(バブル時にもこの値は、抜けず)
元々、含み資産に注目して中山株を買った弱冠29歳の“若造”糸山氏だったが、
その会社側の株主軽視姿勢を問題視して、増資を求め会社に乗り込んだところ、相手にされなかった。
そのため、株を買い増し始め、総株数の25パーセント弱にあたる452万株集めた。
ところが、そこに立ちふさがったのが、日本有数の大金持ちといわれ、
株のカラ売りの大御所、名古屋の近藤紡社長近藤信男だった。
株を下げさせる事により値幅を取り、儲けを得る(逆に株が上がれば、損になる)
“日本一の相場師”の出現にさすがの糸山氏も青ざめ、血の小便を流したが、
そこを側面から、援護射撃してくれた人物がいた。
それは、父であり、そして伯父であった!
結局、「売り方」は、渡す株がないため、決済出来ず、
近藤紡側から頭を下げて、解け合いの申し出があり(決済値・3380円)、
「買い方」の本尊として主役をつとめた糸山氏は、この戦いに勝利をおさめたのであった。
糸山氏は
親の七光どころか、自身を
二十一光だと言ってはばからない。
[すなわち、
佐々木真太郎・笹川了平・笹川良一(伯父)、三氏の七光の合計]
七光をうまく活用するのも、ひとつの才能であり、その親を持った子の特権である。
むしろ、その特権を活用しきれないような時こそ、己の不甲斐なさを恥じるべきだろうと。
またこうも言う。
どこにも七光どころか一光も無さそうに見える父親にも、“人生経験”という
子には絶対にない光がある。これを活用しない手はないとも。
18歳の時、父から勘当されていた糸山氏は、20歳で中古外車のセールスマンになり、
最初の一年間で業界日本一の販売記録を樹立、その後、独立し、儲けていたが、
契約者に35万円の金が返せない事態に陥り、自身を35万円で父に身売りした。
父のゴルフ場経営会社にキャディとして入社、スタートし、
その後、さまざまなアイデアを駆使して、のし上がって行き、そして、
新日本企画を設立、ゴルフ会員権ブームにも乗り十指を超える会社を経営するに至った。
そのアイデアの一つに昭和39年、新日本会館(レストラン・宴会・結婚式場等)の経営を
任された時の企画にこういうのがありました。
当時、時代は、まだ“性の解放”の黎明期であったが、
「現在、妊娠中の女性の挙式(すなわち、“できちゃった婚”!)は無料、そして、
ハワイへの新婚旅行ご招待、一年以内の赤ちゃん誕生に、一年分の森永ミルクプレゼント!」
時代を先取りした面白い企画だと、マスコミが飛びつき、その話題性で、
“婚前交渉”の有無に関わらず、多くのカップルが殺到したらしい。
こういったエピソードが30年前の著書「怪物商法」で紹介されていましたが、
今回の「金儲け哲学」にも同じく紹介されています。
ただし、一言、付け加えてありますが
「実は、この30数年後にまさか、自分の娘が“できちゃった婚”をするとは、
予想だにしていなかったが・・・・・。」
★そして、笹川第三世代すなわち、笹川良一の孫の世代の話題と言えば、
少々、のぞき見趣味も入りますが(^^;)、こういうのがあります。
iモード生みの親の一人・
松永真理さんが、iモード誕生までを描いた著書
「iモード事件」
に、
NTTドコモ入社二年目で当時(’97年)、24歳の笹川貴生氏(笹川陽平長男)が
開発メンバーの一人として登場します。
そのエピソードの一部を抜粋すると、
企画会議で、ディズニーランドに関するある企画が出た時の事、
それまで黙っていた笹川が口を挟んだ。
「ディズニーランドを運営しているオリエンタルランドに知り合いがいますから、
早速アポを取って、企画を持ちこんでみますよ」
なかなか積極的でいいじゃないか。
そして、ある日
「アポが取れました」
「やったじゃない」
「はい。オリエンタルランドの社長なんですけど」
「知り合いって、社長のこと?」
一同唖然、呆然。
そして、彼の得意なカラオケの持ち歌は、
「兄弟船」らしい。
しっ、しぶい!!若いのに。
しかし、やはり笹川さん、“舟”が、お好きなんですね~。
★他にも別にこういった話題が、
・笹川順平氏(笹川陽平次男)が、フジTVアナウンサー宇多麻衣子と結婚。(2001年)
・笹川和弘氏(笹川堯次男)が社長を務める関東開発(桐生競艇施設管理会社)と
桐生市(群馬県)が桐生競艇廃止・撤退問題で、対立、大揺れ。
・
笹川博義氏(笹川堯三男)が国政をめざして、奮闘中(群馬3区)。
■少々、私の思い出話を。
私が学生時代、かれこれ20年以上前になりますか、
ある空手の大会で
笹川良一会長を拝見した事がありました。
多分、当時で、80歳ぐらいのお年で、案外、小柄なように見受けられました。
全日本空手道連盟の会長をされていた関係で、来場されていたと思いますが、
普段は、あのお馴染みの、白地で前に緑・赤・黄・青の横線が入り、
背には、日の丸、「世界一家」「人類兄弟」と書かれたジャージを着用されていました。
そして、エキジビションとして、「瓦の試し割り」をする段には、颯爽とした道着姿に
早替わりされていて、私達は、その試し割りの瞬間を固唾をのんで待ちました。
何段かに積まれた瓦を前にして、その瞬間、笹川会長は、
会場中に響き渡る気合(奇声?)とともに、ピョーンと俊敏に飛び上がり、
そして、腰の入った正拳突きで、見事、瓦をたたき割られました。
高齢とは、思えぬその鋭い動きを見て、
「さすがわ、ササガワさん!やっぱり、違うな~。」としみじみ思ったものでした。
本当、現役バリバリ、お元気でした。
ところで、お元気と言えば、笹川さん、一説によれば、
お子さんの数は、認知しているだけでも、
子だくさんで有名なあの徳川第11代将軍
徳川家斉より、ずっと多いらしい・・・。
「へぇ~~~~」
徳川幕府を凌駕する笹川幕府か!?
唖然、呆然を通り越して、その豪快さ、甲斐性ぶりに、まさに、脱帽。
まさに、“昭和の怪物”!
とてつもない富と権力を握った者は、
「時代は進化すれど、昔も今も、人間(男)の本質・法則は変わらない。」
と、いったところでしょうか。
しかし、笹川会長、世界の人口抑制問題には貢献されたようですが、
自身にまでは、手が回らなかったと、みえますね。
そして、最後はやはり、この正式フレーズで、
「世界は一家 人類みな兄弟
月はお隣り 火星は遠い親類」!!