| ●朝吹・石井・石橋・成毛家系図 | |
| 石橋正二郎 |
ブリヂストンタイヤ(現・ブリヂストン)創業者・会長・社長、石橋財団初代理事長 |
| 石橋幹一郎 | ブリヂストンタイヤ会長・社長、石橋財団第3代理事長/妻は団伊玖磨の妹 |
| 石橋寛 | ブリヂストン監査役、石橋財団第4代理事長 |
| 団琢磨 |
三井合名理事長、日本工業倶楽部初代理事長/男爵 ■団琢磨/三井史を彩る人々 ■団琢磨|近代日本人の肖像 |
| 団伊能 |
プリンス自動車社長/団琢磨長男/男爵 |
| 団伊玖磨 |
作曲家 |
| 鳩山和夫 |
衆議院議長 |
| 鳩山一郎 |
首相 |
| 鳩山威一郎 |
外相、大蔵次官/妻・安子は石橋正二郎の長女 |
| 鳩山由紀夫 |
首相、衆議院議員(民主党) |
| 鳩山邦夫 |
衆議院議員(自民党) |
| 成毛収一 (なるも) |
ブリヂストンタイヤ副社長/妻・典子は石橋正二郎の次女/ 昭和16年東大卒、三菱銀行勤務ののち、25年ブリヂストンタイヤ入社。 歌舞伎や食にも造詣が深い趣味人でもあった。 「成毛収一遺稿と追悼」成毛典子 |
| 成毛滋 |
ギタリスト/ 日本のロック黎明期を代表するギタリストであり、 70年代前半、「ミュージックライフ」誌人気投票No1ギタリスト。 60年代、ザ・フィンガーズ(GS)を経て、70年代前半、ストロベリー・パス、フライド・エッグを結成・活動した。 ■「Dr. Siegel's Archives 成毛滋のレア音源」 「大烏が地球にやってきた日 「ドクター・シーゲルのフライド・エッグ・マシーン 「グッバイ・フライド・エッグ 「サウンド・オブ・ザ・フィンガーズ」ザ・フィンガーズ |
| 成毛厚子 | 漫画家/成毛滋の妹/ 昭和49年、「殺人ゲーム」(別冊少女フレンド)でデビュー。 怪奇・ホラーものに定評があり、代表作に「白昼夢」「恐怖招待席」などがある。 |
| 郷隆三郎 | 日清製粉専務/ 渋沢栄一に見込まれ、品川白煉瓦を経営し、日清製粉専務を務めたが、 太平洋戦争中に、乗船した船が魚雷攻撃を受け死去。 |
| 郷裕弘(やすひろ) | 三井液化ガス(旧・ブリヂストン液化ガス)相談役、日本オートガス会長、石橋財団理事/ 妻・啓子(ひろこ)は石橋正二郎の三女/ 通産官僚、経団連国際部長を経てブリヂストンタイヤ入社、 昭和35年ブリヂストン液化ガス創立、常務に就任。 ダグラス社とグラマン社の「秘密代理人」でもあった。 |
| 郷和道 | レーシングチーム「チーム郷」オーナー/ 2004年度ル・マン24時間レース総合優勝 |
| 宮沢喜一 |
首相、財務相・蔵相、外相 |
| 宮沢裕夫 | 建築事務所長/妻・悦子は郷和道の姉 |
| 石井光次郎(みつじろう) |
1889~1981/衆議院議員、衆議院議長、副総理、通産相、石橋財団第2代理事長/ 東京高商(現・一橋大学)専攻科卒/ 警視庁、台湾総督府などを経て、朝日新聞社に入ったが、昭和20年専務で退社して政界に転じ、 21年日本自由党に入党し4月の衆院選で福岡1区から当選。 以後、衆院選で10回当選。 吉田茂内閣の商工相と運輸相、岸内閣の副総理、池田内閣の通産相、 佐藤内閣の法相を歴任し、42~44年衆議院議長を務めた。 自由党内では、30年の民主党との“保守合同”を幹事長としてまとめ、合同後は自民党総務会長。 31年、緒方竹虎の死後、緒方派を継いだが、同年と35年の2度の総裁選に敗れ、 47年暮れの総選挙を前に政界を退いた。 37~50年、日本体育協会会長、51年から横綱審議会委員長を務めた。 |
| 石井好子 |
シャンソン歌手、石井好子音楽事務所主宰、日本シャンソン協会会長/石井光次郎次女/ 東京音楽学校(現・東京芸術大学)声楽専科卒/ 結婚、離婚を経て、昭和20年ジャズ歌手としてデビュー。 25年アメリカ留学。その後フランスに渡り、27年シャンソン歌手としてパリの名門パスドックでデビュー。 ドイツ、スペインなど各地で歌い、モンマルトルのキャバレー、ナチュリスト専属を経て、30年帰国。 36年石井音楽事務所を設立し、52年に閉鎖するまで岸洋子、加藤登紀子らを育て、 外国人歌手を多数招聘した。 63年12月には、日本人シャンソン歌手として初めて、パリ・オランピア劇場に出演。 平成2年同劇場で、日本人初のリサイタルを開く。 昭和38年以来、毎年7月14日に日比谷野外音楽堂で開催しているパリ祭に出演し、 プロデューサーを務める。 また、エッセイストとしても知られ、「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる 「装歌―マイ・ソング マイ・コスチューム 自伝「私は私 「限りない想いを歌に―私の履歴書 「日本の貴婦人」稲木紫織 |
| 石井公一郎 | ブリヂストンサイクル会長・社長、ブリヂストンタイヤ専務/石井光次郎長男/ 古典芸能やカメラが好きな趣味人でもあった。 |
| 石井荘太郎 | 石井事務所 |
| 石井大二郎 | 昭和海運会長・社長/石井光次郎次男 |
| 福沢諭吉 |
慶応義塾大学創立者、啓蒙思想家、教育者 ■福沢諭吉|近代日本人の肖像 |
| 中上川才蔵 | 豊前中津藩士 |
| 中上川彦次郎 (なかみがわ) |
三井銀行理事、山陽鉄道社長、慶応義塾出版社社長/福沢諭吉の甥/ 明治7年から英国に留学、井上馨の知遇をえて帰国後、工部省・外務省に勤務したが、 明治14年の政変で辞職、慶応義塾出版社社長となり、「時事新報」を発行した。 21年山陽鉄道社長となったが、24年井上馨の推薦で経営危機に陥っていた三井銀行に入行、 学卒の人材を採用するなど、同行の立て直しに尽力した。 鐘淵紡績・王子製紙・芝浦製作所など三井の工業部門の拡充にも力を注いだ。 ■中上川彦次郎/三井史を彩る人々 |
| 朝吹英二 |
1849~1918/三井呉服店専務理事、王子製紙会長、三井工業部専務理事/ 妻・澄は中上川彦次郎の妹で福沢諭吉の姪/ 村上姑南に漢学を学び、のち咸宜園で学ぶ。 明治3年福沢諭吉の暗殺を企てたが失敗、慶応義塾の玄関番となる。 5年同塾出版部主任となり、11年三菱商会に入社。13年貿易商会に転じ、取締役。 以後、鐘紡専務、三井呉服店専務理事などを経て、42年王子製紙会長、 三井銀行監査役に就任するなど、三井系諸会社の要人として財界に重きをなした。 44年引退。自邸に茶室柴庵を設けるなど、茶人としても知られ、茶道、香道、 国文学の蔵書1700点を母校慶応義塾に寄贈した。 |
| 朝吹常吉 |
1878~1955/三越社長、帝国生命保険社長、千代田組(電気機器商社)相談役/英二の長男/ イギリスに留学ののち、明治34年日本銀行に入ったが、39年退社。 三井物産、鐘紡などに勤めた後、大正2年三越呉服店常務となり、 14年帝国生命(朝日生命の前身)社長に就任。 その間、東京芝浦電気、王子製紙、台湾製糖など三井系の重役を兼務した。 昭和18年帝国生命社長を辞任、三越の社長、会長を一時務めた。 日本ロータリークラブや銀座交洵社の創設メンバーでもある。 磯子夫人とテニス普及にも尽力、大正11年には、日本庭球協会を創立した。 |
| 長岡外史(がいし) |
1858~1933/陸軍中将、陸軍省軍務局長、衆議院議員(新正倶楽部)/ 陸大1期卒後、参謀本部に入り、明治14年に尉官11人で兵術研究の月曜会を結成したが、 6年後には会員が1678人にも増え、反山県・桂勢力として解散させられた。 日清戦争時は、大島混成旅団参謀、日露戦争時は参謀本部次長。 その後、41年軍務局長、42年中将、43年第13師団長、大正2年第16師団長を歴任し、5年予備役編入。 この間、新潟県高田の第13師団長時代、来日中のオーストリアのヒル少佐を招いてスキーの普及に努めた。 6年帝国飛行協会副会長となり、航空省の設置や羽田飛行場の建設などを提案して 草創期のわが国、民間航空界に尽くす。 13年に衆院選に出馬して当選。また、名物のカイゼルひげは、安全カミソリの商標にもなった。 |
| 朝吹磯子 |
1889~1985/歌人、テニス選手/スキーを日本に初めて取り入れた長岡外史陸軍中将の長女/ 佐佐木信綱の竹柏会に入門して歌人として出発。 藤波会会員、「心の花」同人、十一日会会長として活躍。 また、大正15年に全関東庭球選手権大会の女子シングルス、同ダブルスに優勝するなど、 日本女子テニス会の草分け的存在としても活躍した。 |
| 朝吹英一 | 1909~1993/木琴奏者(マリンバ、ビブラフォン)、作曲家、日本木琴協会会長/ 昭和8年三井信託入社、16年千代田組入社。 一方、中学生の時から木琴にひかれ、17歳の時JOAK(現・NHK)で木琴初放送。 6年米国に留学。12年ビブラフォン独奏を本邦初放送。 戦時中スチールギターを習い、カルア・カマアイナスという楽団を組織、戦時下にあって 日比谷公会堂で7回の単独リサイタルを行い、コロムビアレコードに吹き込むなど華々しい活動を展開した。 戦後、25年に東京木琴クラブ(のち日本木琴協会)を創設し会長となる。 門下生は3000人以上を数え、平成元年現役引退。 また、ウェルクマイスターに作曲を師事。作品に「軽井沢の美人」「マリンバ名曲30選」 「ファンタスティック・サウンド」などがある。 |
| 朝吹英和 | 俳人/英一の長男/ 「句集 青きサーベル 「光の槍―朝吹英和句集 |
| 朝吹正二 | 万寿企業取締役/ |
| 朝吹正行 | 一級建築士、アサブキ・アンド・アーキテクツ代表取締役/正二の長男 |
| 朝吹三吉 |
1914~2001/フランス文学者、翻訳家、慶應義塾大学名誉教授、ユネスコ事務局次長/ フランスに留学し、フランス象徴詩、特にランボーを研究する。 昭和28年、ジュネの「泥棒日記」を翻訳刊行した他、 ボーヴォワールの「レ・マンダラン」「老い」などを翻訳。 日本が戦後初めて生んだ国際公務員の一人として、 ユネスコ本部の文化部長としてパリに6年間勤務し活躍。 また、慶応義塾大学法学部教授も務めた。 |
| 朝吹京 | ピアニスト(現・東京芸大出身)/石井光次郎長女 |
| 朝吹誠 |
ジャパン・インフォメーション・ネットワーク(JIN)社長、日本ヘルスケア総研顧問、コンバージョン特別顧問、 (社)コンピュータエンターテインメント協会理事、海外広報協会代表理事、慶応義塾大学法学部訪問教授/ ザ・フィンガーズ創始メンバー(ドラムス)/朝吹三吉長男/ 9歳・12歳・15歳の時、渡仏しベルギー万博を見学し、スイスの夏期学校に学ぶ。 米国の大学留学中はNYやモントリオール万博を見学し、日本からの発信力の脆弱さを痛感。 一方、「宇宙船地球号」の著者であるバックミンスター・フラー教授に学び、 同教授が発刊し地球規模問題を扱っていた「アースカタログ」を愛読、この事により、 グローバル・コミュニケーションの重要性に目覚め、日本からの発信力の強化に携わるようになる。 |
| 朝吹亮二 |
詩人、フランス文学者、慶応義塾大学法学部教授/朝吹三吉次男/ 平成2年、慶応義塾大学法学部助教授を経て、のち教授。 詩集に「終焉と王国―詩集」「封印せよその額に」「Opus |
| 朝吹真理子 |
作家・小説家、第144回芥川賞受賞/亮二の一人娘/ 文芸誌「新潮」2009年10月号に掲載されたデビュー作「流跡 2010年、第20回Bunkamura ドゥ マゴ文学賞を受賞。 次いで、「家路」(「群像」2010年4月号)、「きことわ」(「新潮」2010年9月号)を発表。 2011年1月、「きことわ ・デビュー作「流跡」発表後、2009年11/8の日経新聞「活字の海で」のコーナーに、 朝吹真理子の紹介記事が載った(一部抜粋)。その見出しは、 “「言葉が音楽みたいに鳴る」 期待の新人、朝吹真理子”。 「他の日本の現代作家とは言葉の格が違う」、単語や文章ひとつひとつのたたずまいが目をひく。 「聴覚や触覚を呼び覚ます新鮮な響きにあふれている」等、称賛の声。 その言語感覚の根幹をなすのは豊かな芸術体験。 何しろ「幼いころから落語や歌舞伎を鑑賞し、声まねしていた」というほどだ。 一方でジョイスやベケットにカルヴィーノら先鋭的な方法意識で 小説の地平を広げた世界文学の巨匠たちを読みふけり、 宇治拾遺物語や御伽草子など日本の古典にもおぼれた。 「過去に書かれたすべてのものへの応答として、新しい作品は書かれるべき」 と言ってのける作家は、実はかの文学一家の出。 父は詩人の亮二、祖父はジュネの翻訳で知られる仏文学者の三吉。 当人は現在、慶応大で近世の歌舞伎などを研究する大学院生だ。 |
| 朝吹剛 | ストーンウェル(広告代理店)社長[会長は石井好子]/朝吹三吉三男 |
| 朝吹四郎 |
1915~1988/建築家/ 昭和14年千代田設計事務所を開設。26年朝吹一級建築士事務所を創設し、代表。 ニュージーランド、ベルギー、フィンランド、カンボジアなどの在日大使館を設計した。 |
| 朝吹登水子 |
1917~2005/翻訳家、作家、フランス文学者/ 昭和11~14年ブッフェモン女学校(フランス)とパリ大学留学。 25年再渡仏、27年パリ・オートクチュールデザイナー資格をとる。 29年サガンの「悲しみよこんにちは 52年小説「愛のむこう側」を発表。他に「ボーヴォワールとサガン」「もうひとつの愛 「愛のむこう側」は中国語とフランス語訳でも出版。 「私の東京物語―蘇る日々―わが家のアルバムから 「日本の貴婦人」稲木紫織 |
| アルベール・アルゴー | 絵画やアンティークを扱う美術商会を経営/朝吹登水子三番目の夫/ パリの国立理工科大学出身の研究者 |
| 朝吹由紀子 | 翻訳家/朝吹登水子二人目の夫との間の娘/ |
| 由利公正 |
財政家、東京府知事、元老院議官、貴族院議員/子爵 維新前の名は、三岡八郎。五箇条の御誓文の原案を起草 |
| 藤山雷太 |
大日本製糖社長、東京商業会議所会頭、貴族院議員、藤山コンツェルン創始者 ■藤山雷太|近代日本人の肖像 |
| 藤山愛一郎 |
衆議院議員(自民党)、外相、大日本製糖社長 |
| 池田成彬(しげあき) |
1867~1950/三井合名常務理事、日本銀行総裁/妻・艶子は中上川彦次郎の長女/ 慶応義塾を経て、明治28年ハーバード大学を卒業。 帰国後、福沢諭吉の「時事新報」に入社するが、福沢と合わず退社。 同年三井銀行に入り、30年足利支店長、本店営業部長を経て、42年常務、 大正8年以降、筆頭常務として君臨、同行を金融界のトップに押し上げた。 ドイツの金融コンツェルンを研究し、三井財閥の基礎を固めた。 昭和8年、団琢磨暗殺の後をうけて三井合名常務理事となり、持株公開、 三井一族の引退など三井改革を推進。 11年定年制を設け、自ら退いた。12年日銀総裁に就任。 13年には、第1次近衛内閣の蔵相兼商工相を務め、16年枢密顧問官となる。 戦前、財界人のトップリーダーであり、また大御所的存在でもあった。 敗戦後、A級戦犯容疑者となり、また公職追放の指定を受け、第一線から退いたが、 なお政財界に一定の影響力を保っていた。 ■池田成彬/三井史を彩る人々 ■池田成彬|近代日本の肖像 「財界回顧 「我、弁明せず。 |
| 藤原あき |
タレント、参議院議員、資生堂美容室顧問/中上川彦次郎三女 |
| 山本権兵衛 |
首相、海軍大将/伯爵 |
| 山本清 | 海軍中佐/伯爵 |
| 園田孝吉 |
横浜正金銀行頭取、第十五銀行頭取、ロンドン総領事/男爵 |
| 園田武彦 | 国際トーキー重役、帝国内燃機重役、貴族院議員/男爵 |
| 名取和作 |
富士電機製造社長、貴族院議員/息子に写真家・名取洋之助 |
| 尾崎三良(さぶろう) |
宮中顧問官、貴族院議員/男爵 ■近現代・系図ワールド「土佐宿毛人脈」 |
| 尾崎洵盛(のぶもり) | 外交官、外務参事官、陶器研究家/男爵 |
| 東園基文 | 宮内庁掌典長/子爵/ 仙台・伊達家より養子入り、妻は北白川宮成久王第二王女・佐和子(明治天皇孫/第25回系図 参照) |
| 東園基政 | いすゞ自動車理事/ |
| 牛山清人 | ハリウッド化粧品創業者・社長/別名・ハリーウシヤマ |
| メイ牛山 (メイウシヤマ) |
ハリウッドグループ代表、ハリウッド会長、美容家・美容研究家/本名・牛山マサコ/ 昭和14年牛山清人と結婚。 平成19年12月13日死去。享年96 |
| 牛山勝利 | ハリウッド(旧ハリウッド化粧品)社長 |
| ジェニー牛山 | ハリウッド美容専門学校校長/ |
| 山中祥弘 | ハリウッド美容専門学校理事長 |
| 藤原咲平(さくへい) |
気象学者、中央気象台長、東京帝大教授/ “お天気博士”として一般にも親しまれ、独創的な渦巻きに関する研究が有名。 |
| 新田次郎 |
作家・小説家/本名・藤原寛人/ 信州の角間新田(かくましんでん)で育ち、ペンネームは“角間新田の次男坊”という意味。 「八甲田山死の彷徨」 |
| 藤原てい |
作家、エッセイスト/ 昭和14年、新田次郎と結婚し、夫の転勤で18年満州に渡る。 終戦後、夫を残して3児と共に北朝鮮から引揚げ、 その時の体験記「流れる星は生きている」を24年に刊行し、当時のベストセラーとなる。 |
| 藤原正彦 | 数学者、文筆家/新田次郎次男 |
| 藤原美子 | エッセイスト、翻訳家/正彦の妻/ |
| 藤原咲子 | エッセイスト/正彦の妹/ 「父への恋文―新田次郎の娘に生まれて 「母への詫び状 - 新田次郎、藤原ていの娘に生まれて |
| 牛場大蔵 |
細菌学者、慶応大学医学部教授、国家公安委員 |
| 牛場暁夫 | 慶応大学文学部教授/息子に慶応大学理工学部専任講師(生命情報学科)・牛場潤一/ |
| 野依範治 | 山国川揚水事業組合長/朝吹英二実弟、野依家に養子入り |
| 野依辰治 | 三井生命保険社長/妻は資生堂創業者・福原有信の娘・信/ |
| 野依次郎 | 樺太鉄道常務 |
| 塩川三四郎 | 芸備銀行頭取/ ■塩川三四郎 (「歴史が眠る多摩霊園」) |
| 野依金城(かねき) | 鐘淵化学工業専務 |
| 野依良治 |
ノーベル化学賞受賞者(平成13年)、理化学研究所理事長、名古屋大学特任教授/ ■参照:「野依良治 系図」 |
| 大隈重信 |
首相、早稲田大学創立者/侯爵 |
| 松浦詮(まつら あきら) |
最後の平戸藩主、宮内省御用掛、貴族院議員/伯爵 |
| 大隈信常 |
早稲田大学名誉総長、衆議院議員/松浦詮五男、大隈家に養子入り/侯爵 |
| 大隈信幸 | 参議院議員、早稲田高等学校理事長 |
| 藤田伝三郎 |
藤田組創業者/男爵 |
| 久原庄三郎 |
藤田組総代、北浜銀行初代頭取/藤田伝三郎の兄 |
| 久原房之助 |
日立製作所創業、久原鉱業所(のちの日産グループ)創業者、政友会総裁、逓信相 |
| 五島慶太 |
東急創業者 |
| 五島昇 |
東急会長・社長、日本商工会議所会頭 |
| 濱口梧洞 | ヤマサ醤油会長 |
| 濱口慎七郎 | 浜屋商事監査役 |
| ヒュー・パトリック | コロンビア大学経済学部教授/ 「ポスト平成不況の日本経済―政策志向アプローチによる分析 「日本金融システムの危機と変貌 |
| (肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク: |
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| その時々の話題の人物、あるいは、旧華族・皇族や、近現代に活躍した人物を、家系図やリンク等を交えてエピソード、系譜・閨閥などを書き留めていくページです。
内容は基本的に書籍、新聞・雑誌等の文献、ネット上の新聞社・出版社、人物に関する公式サイト等、TV番組なども、参考に描いております。また、家系図に登場される方からの情報の場合もあります。 人物解説リンクは正式・正統な人物事典であるコトバンクにリンクを貼っています。 |
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