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| 海援隊旗 |
坂本龍馬の系譜 土居晴夫/著
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図説坂本龍馬
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| ●坂本龍馬家系図 | ||
| 井上好春 | 国学者・歌人 | |
| 坂本八平 (坂本直足) |
郷士坂本家第3代当主/龍馬の父 | |
| 坂本権平 | 郷士坂本家第4代当主/龍馬の兄 | |
| 坂本龍馬(りょうま) |
幕末の志士、海援隊長/ 土佐勤王党に参加。脱藩して薩長同盟に奔走し、海援隊を組織。 土佐藩を大政奉還の建白に導く。「船中八策」は明治維新の基案。 慶応3年11月15日、京都近江屋で暗殺された。 ■坂本龍馬|近代日本人の肖像 |
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| 龍(りょう) (楢崎龍) |
龍馬の妻、医師・楢崎将作の娘/ 「波枕 おりょう秘抄 「史料が語る坂本龍馬の妻お龍 「龍馬の妻」阿井景子 |
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| 高松順蔵 | 郷士、“安芸郡勤王志士の育ての親” | |
| 坂本直 |
宮内省官吏、箱館府権判事、海援隊士、土佐勤王党志士/ 高松順蔵長男/前名・高松太郎、小野淳輔/妻・留は長州藩士・瀬田友吉の四女 坂本龍馬家を継ぐ。 |
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| 坂本直寛 |
自由民権家、高知県議、北海道開拓者、キリスト教伝道者/高松順蔵二男/ 前名・坂本南海男、高松習吉/ 郷士坂本家を継ぐ。 「龍馬の甥 坂本直寛の生涯 |
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| 坂本清次郎 | 海援隊士/家老山内下総の家来・鎌田常吉(実清)の二男。 (「坂本龍馬の系譜 “三女が嫁いだ鎌田常吉の二男”と、矛盾する部分がある。)/ 郷士坂本家に婿養子入り、のち妻と共に坂本家を離れ、姓を三好に改めた。 |
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| 弘松宣晴(のぶはる) | 郷士弘松家6代目当主/高松順蔵長女・茂の夫 | |
| 弘松宣枝(のぶえ) | 宣晴長男/明治29年、龍馬の伝記小説「阪本龍馬」を出版し、 7年後32歳で没。他、著書に「岩崎彌太郎」(明治32年出版) |
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| 坂本弥太郎 | 郷士坂本家第7代当主/直寛の長女・直意の夫、旧姓・浜武、坂本家に婿養子入り/ | |
| 坂本直行 |
郷士坂本家第8代当主/山岳画家、随筆家/坂本弥太郎二男/ 北海道の菓子メーカー六花亭の包装紙の花の絵は直行によるもの。 「原野から見た山―坂本直行画文集 |
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| 坂本正幸 |
農学博士、東北大学教授・東北大学農学研究所所長/坂本弥太郎三男 |
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| 坂本登 | 郷士坂本家第9代当主 | |
| 坂本直道 | 満鉄欧州事務所長、日仏同志会理事/ 大正9年、東京帝大法学部政治学科を卒業、南満州鉄道に入社。 昭和4年秋から、フランスに駐在し、国際鉄道会議の要務をこなすなど活躍した。 その後、満州事変後の緊迫した国際情勢の中、情報収集のためパリに留まり、 国際連盟脱退後の日本の国際的空白を埋めるべく、 仏文雑誌「日仏文化」を発行するなどして、日仏文化交流に貢献した。 昭和15年6月帰国、翌16年満鉄退社。日米関係の悪化を憂慮して、 外相松岡洋右に「日米国交調整の急務とその対策私見」を起草し提出、 同時にその写しを軍部・政界の実力者にも送り、関係改善を訴えた。 その行動はやがて、要注意人物としてマークされるに至り、 一切を投げ捨て、軽井沢の山荘に隠棲し、敗戦後の祖国復興に想いを傾けた。 昭和25年から27年まで、電波監理委員会委員に就任し、 民間放送事業の認可を審議する仕事に携わる。 戦前・戦後を通じ、国際情勢収集に努め、戦後は、特に東南アジアへの 共産勢力の進出問題に取り組み、機会あるごとに、 「日本は自由世界のアジアの大国として、何をなさねばならないか」を説いた。 正力松太郎は、「維新回天の大業を成し遂げた、曽祖父坂本龍馬の憂国の士魂が、 一層磨きあげられて今日に生きている感がする」と評した。 著書に「激動するアジアの中の日本」、「中ソ国境紛争の背景」、 「アフリカ―中ソの政治攻勢と経済援助」がある。 |
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| 土居晴夫 | 龍馬研究家、東京龍馬会顧問、元神戸市職員/坂本直寛の孫 「図説坂本龍馬 「坂本龍馬とその一族 |
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| 安芸喜代香 (あき きよか) |
社会教育家、第16代高知県会議長、キリスト教高知教会長老/ 坂本権平の3番目の妻・仲の妹・錠と安芸市郎の息子/ 自由民権運動に従事。デモクラシー思想の普及伝播者として活躍。 |
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| 岡上新甫(樹庵) | 御典医/岡上菊栄の父 | |
| 岡上菊栄 | 社会事業家、高知博愛園園長/5人の子の母 夫・岡上栄吾(小学校校長、郡役所勤務)は安岡家より養子入り |
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| 鹿持雅澄 (かもち まさずみ) |
国学者・歌人/ 著書に「万葉集古義」22巻がある。 その他歌集「山斎集」「千首(ちうた)のくり言」、著述「万葉集人物伝」、 「万葉集名所考」「万葉集枕詞解」など多数。 |
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| 鹿持菊子 |
鹿持雅澄の妻、武市半平太の叔母(父の妹) | |
| 武市正恒 | 白札郷士/半平太の父 | |
| 武市半平太 |
土佐勤王党盟主/号は瑞山/ 5人きょうだい[弟・衛吉(田内)、長姉・美多(小笠原)、 次姉・奈美(山崎)、妹・琴(内村)] |
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| 田内衛吉 |
土佐勤王党志士/武市半平太の弟、田内菜園に養子入り | |
| 田内菜園 | 国学者、教育者 | |
| 小笠原保馬 | 土佐勤王党志士/半平太長姉・美多の夫・小笠原嘉助先妻の子 | |
| 島村寿太郎(洲平) | 土佐勤王党志士/武市富子の弟 | |
| 島村寿之助(雅事) |
土佐勤王党志士/武市富子の叔父 | |
| 島村真潮(外内) |
土佐勤王党志士/衛吉の兄 | |
| 島村衛吉(重険) |
土佐勤王党志士/ | |
| 一瀬源兵衛 (かつせ) |
土佐勤王党志士、全192名中3人の上士のうちの一人/ 妻は武市富子の妹 |
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| 沢辺琢磨 |
日本人最初のキリスト教ギリシア正教会司祭/ /前名・山本数馬(山本琢磨) ■沢辺琢磨|近代日本人の肖像 |
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| 山本三治(さんじ) | 土佐勤王党志士/のち桑津一兵衛/沢辺琢磨の弟 維新後、潮江村副戸長などを務めた。 |
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| 長岡謙吉 |
第2代海援隊長/前名・今井純正/ 父・孝純は長岡郡比江村医師永野玄龍の二男・玄泉(前名)、 医師今井家に男子がなく、養子入りした。 謙吉の甥(長姉の子)には、土佐勤王党志士・足達行蔵がいる。 |
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| 菅野覚兵衛 |
海援隊士/前名・千屋寅之助/妻・君枝は龍馬の妻・おりょうの妹 | |
| (肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク: |
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| その時々の話題の人物、あるいは、旧華族・皇族や、近現代に活躍した人物を、家系図やリンク等を交えてエピソード、系譜・閨閥などを書き留めていくページです。
内容は基本的に書籍、新聞・雑誌等の文献、ネット上の新聞社・出版社、人物に関する公式サイト等、TV番組なども、参考に描いております。また、家系図に登場される方からの情報の場合もあります。 人物解説リンクは正式・正統な人物事典であるコトバンクにリンクを貼っています。 |
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