
| ●浅香光代家系図 | |
| 浅香光代 |
女優、女剣劇士、演劇舞踊浅香流家元/本名・北岡昭子(しょうこ)/ 父・琴平、母・トキ。兄・国雄、姉・富士子の3人兄妹。神田生れの浅草育ち/ 大物政治家との間に長男・一男、次男・昭次(著書では「昭二」)をもうけ、未婚の母となる。 孫の挙式に祖母と告げず参加、踊りを舞った。/ 一男は損保関係の仕事、昭次は西野バレエ団のマネージャーを経てイベント制作会社経営/ 1972(昭和47)年、吉田博士と結婚(新郎47歳、離婚歴有り・子持ち。新婦41歳。)。 正式な結婚は初めてであったが、87年夫没。92(平成4)年、世志凡太と再婚(未入籍)/ 『7歳で芸者屋に養女に出され、9歳で浅香新八郎らの新生国民座に子役として入る。 14歳の時新八郎が倒れ、一座を立てる。 終戦後、“女剣劇”に転向し、浅香光代一座座長として浅草松竹演芸場で5年間のロングランを公演するなど、 昭和30年代には女剣劇全盛時代を実現させた。 その後、剣劇のほか女優として舞台・テレビで活躍。他の出演作に、映画「晴れ、ときどき殺人」など。 また本職以外に美容教室、ホテル経営、舞踊浅香流と多角経営。 平成4年元コメディアン世志凡太と再婚。 (「テレビ・タレント人名事典 第6版 「浅香光代―斬って恋して五十年 (人間の記録) |
| 市橋健司 (世志凡太) |
「市橋プロ」(芸能制作会社)社長/ 前妻と離婚後、20年独身を続けていたが、1992年浅香光代と再婚/ 元々は進駐軍のキャンプ回りのバンドマン。原信夫とシャープス&フラッツのベーシストを経て、 「世志凡太(せし ぼんた)」の芸名で司会者に転向。コメディアンとしても活躍、 「てなもんや三度笠」などに出演した。その後、市橋プロを設立し、フィンガー5を育てた。 演劇の制作なども手掛ける。 |
| 吉田博士(ひろし) | 実業家、ヨシダ社長/浅香光代の前夫/ 「ヨシダ」は単車の風防を扱う会社。 |
| (肩書き・役職の「元・前」は基本的に省略|人物解説リンク: |
|
| あ行 | か行 | さ行 | た行 |
| な行 | は行 | ま行 | や行 |
| ら行 | わ行 | 政治 | 芸能 |
| スポーツ | 華族一覧 | ||
| タカラヅカ人脈 | |||
| TVドラマ相関図 | |||
| 「ザ・ベストテン」4要素大研究 | |||
| 夢・感動コム! | |||
| オリックス・バファローズ | |||
| BsGirls(ビーズガールズ) | |||
| その時々の話題の人物、あるいは、旧華族・皇族や、近現代に活躍した人物を、家系図やリンク等を交えてエピソード、系譜・閨閥などを書き留めていくページです。
内容は基本的に書籍、新聞・雑誌等の文献、ネット上の新聞社・出版社、人物に関する公式サイト等、TV番組なども、参考に描いております。また、家系図に登場される方からの情報の場合もあります。 人物解説リンクは正式・正統な人物事典であるコトバンクにリンクを貼っています。 |
|
■文章および画像の盗用(家系図のコピペ等)は、明確な著作権違反です。無断転載、一切、お断りいたします。 ■当サイト・ページのウィキペディアへの掲載は、一切、お断りいたします。 当サイトは著作権法に基づき、robots.txtで、日本系・外国系を問わず、ウェブ魚拓を拒否しております。 2014(平成26)年に最終改訂されている著作権法第七章第四条の四で、『robots.txtで情報の収集を拒否するページの情報収集の禁止』が定められています。 すなわち、ウェブ魚拓を取った者は、著作権侵害者になります。ご注意下さい。 ご理解の程、よろしくお願いいたします。 |
![]() |
|||
| 1 | 2 | 3 | 4 |
| 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 |
| 25 | 26 | 27 | 28 |
| 29 | 30 | 31 | 32 |
| 33 | 34 | 35 | 36 |
| 37 | 38 | 39 | 40 |
| 41 | 42 | 43 | 44 |
| 45 | 46 | 47 | 48 |
| 49 | 50 | 51 | 52 |
| 53 | 54 | - | - |
| 文献1 | 文献2 | 文献3 | 文献4 |
| 文献5 | 文献6 | リンク | - |